Translate

ラベル RF-858 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル RF-858 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年10月19日日曜日

ワールドボーイ RF-858 と、久しぶりにご対面、

ワールドボーイ RF-858は、BCL(Broadcasting Listening)がブームになる前の時代にナショナルから発売された FM/AMとSW(短波)が聴けるラジオだった。
ヒマに任せて書棚を整理していて、偶然にも、それの取扱説明書が出て来て往時を懐かしく思い出した。後日、実物も押し入れの奥から探し出した。
このワールドボーイ RF-858だが、ネットでお他人様がどの様な評価とか、思い入れを持って居られるのか?斜め読みさせて頂いた。それぞれに、このラジオに託した思いが綴られていて、共感する部分もあり、思いを新たにした。

ナショナル ワールドボーイ RF-858 (私物)

当時は未知の世界だった?短波放送を聴きたくて、いわゆるオールウェーブ・ラジオに憧れていた。秋葉原で貰って来たナショナルとソニーのカタログを眺めつつ思案していたが、その結論として、ナショナルのワールドボーイ RF-858 を買うことにした。

FM/AM/SWの三バンドが聴けるラジオとしては、他社とほぼ横並びだったが、当時のナショナルのラジオのなかではマニア向け?でデザイン的に、かなり凝った作りが決めてだったのかもしれない?
夏のある日、秋葉原の家電量販店で、このワールドボーイ RF-858 を買ったが、積年の思いが結実し正に至福の時だった。

今回、見つかった取扱説明書に保証書が挟まっていた。それによると、1970年(昭和45年)8月29日と店の日付印が押印してあり、新発売の告知から数ヶ月後であった。

余談だが、
ホームページやブログに於いて、RF-858 の発売年を「1968年」としたものが散見され、思わず苦笑した。ネットで良くある「孫引き」である。
つまり、参考にした記述の真偽を確かめず、そのまま引用したため、間違いが、そのまま次々と引用され、「1968年」に発売が定説化されたが、それは間違いだ。正しくは「1970年」夏前の発売である。

RF-858本体と取扱説明書、保証書、POPタグ
ナショナルのワールドボーイ RF-858 のカタログでは、「GX」なんてネーミングで大々的な宣伝もしていて人気の機種だった。今から思えばかなり大きめサイズだが、当時としては、ごくごく普通だった。

デザインは、選局のメインダイヤルが大きめのツマミである以外は、スライド式の音量調節のVOLUME や TONE調節と BAND切替、それに四連のトグルSWによる POWERをはじめ INDICATOR、LOUDNESS、AM/FM切替が列び、それら全てが上部に配置されたスタイルは、当時としては斬新だった。

小型のメータがフロントにあり、このメータはスイッチにより VUと TUNEそして BATTERYチエック に切り替えができて、何となくマニアックな仕上がり。

回路的には、ICが一個、FETが一個、トランジスターが八個使われ、AC100Vと単2電池三個で動作したが、ICとか FETなどと敢えて明示するところに時代を感じさせる。

受信周波数は
中波:525kc〜1,605kc
短波:3.9Mc〜12Mc
FM:76Mc〜90Mc

買ってまもなく、ヨーロッパの小国で暫く暮らすことになり、このラジオを携えて渡欧した。
逗留したマンションの窓辺から毎晩必死になって NHK の国際放送 Radio Japan の受信を試みた。しかし、現地のラジオ放送の混信もあったが、東西冷戦の真っ只中で、当時のソ連邦から強力なパワーで発せられる Radio Moscow や東欧諸国からのジャミング(妨害電波)に邪魔され一度も聴けなかった。

それで Radio Japan は諦め、隣国ルクセンブルグから中波で放送していた Radio Luxembourg を毎晩聴いた。
今で言うところのユーロビートのヒット曲を延々と深夜まで放送していて、MCの語り口調がとてもユニークで面白く、フランス語?の分からない自分にも雰囲気だけは楽しめ退屈凌ぎにはなった。
ニュースは専らイギリスのBBCにチューニングしていたが、早口の英語にはお手上げ状態で、何のニュースか位しか分からなかった。

しかし、今の様に携帯やネットなどが無い時代、日本から届く新聞やエアメールなどは、早くても一週間は掛かっていたことを思えば、唯一の情報源だった。
今にして思えば、電気通信の時代は遠い昔のことになり、情報通信の時代の真っ只中、知りたい情報が何時でも何処でも手に入り、ラジオの使命は限定的になりつつあるようだ。

2007年1月19日金曜日

昔々、秋葉原で買った短波放送の聴けるラジオですが

短波放送の聴けるラジオは、今回故障してしまったソニーの「ICF-7600」より前、1970年頃にナショナルのワールドボーイ「RF-858」を買いました。BC/SW/FMの三バンドが聴けるモノで、仕様としては他社とほぼ横並べでしたが、当時のナショナルのラジオなかではマニア向け?でデザイン的にかなり凝った作りでした。
ナショナルのワールドボーイ
「RF-858」のカタログ
「GX」なんてネーミングで大々的な宣伝もしていて人気機種になったと思います。今から思えばかなり大きめサイズでしたが、当時としては携帯用として、ごくごくフツーと思われていました。

操作するスイッチ類が全て上部に配置されたスタイル。
TUNEツマミは横、そして小型のメータが正面にありました。このメータはスイッチにより「VU」と「TUNE」そして「BATTERYチエック」に切り替えができて、何となくマニアックでした。

回路的には、ICが一個、FETが一個、トランジスターが八個使われ、AC100Vと単2乾電池3個で動作しました。受信周波数は
 
中波:525kc〜1,605kc
短波:3.9Mc〜12Mc
FM:76Mc〜90Mc

買ってまもなくEUのブランチに出向になり、このラジオを携えて赴任しました。
現地のマンションの窓辺から毎晩必死になってNHKの国際放送「Radio Japan」の受信を試みました。しかし、現地のラジオ放送の混信もありましたが、高出力で放送の「Radio Moscow」や共産圏諸国から発せられるジャミング(妨害電波)に邪魔され一度も聴く機会はありませんでした。

それで「Radio Japan」は諦め、隣国ルクセンブルグから中波で放送していた「Radio Luxembourg」を毎晩聴く事にしました。
番組名は忘れましたが、毎晩、当時のユーロビートのヒット曲を延々と深夜まで放送していて、DJの語り口調がとてもユニークで面白く、フランス語の分からない私にも雰囲気だけは楽しめました。
ニュースは専らイギリスのBBCに頼っていましたが、意外と早口の英語で所々しか理解出来ませんが唯一の情報源でした。

このラジオは帰国時に、サムソナイトのバッグにお土産を詰めるスペースが足りなくて、現地の同僚に譲り、帰国後、同じモノを秋葉原で買い求めた記憶があります。

それから十年後、1980年頃ですが、ソニーから「Voice of Japan」とネーミングしたジャンボ級のラジオが鳴り物入りで発表され、その仕様にただただビックリしました。

ソニー 「ICF-2001」
「ICF-2001」、型番からして二十年後の21世紀を印象づける様な先進的なネーミングでした。テン(10)キー入力で受信できるラジオは民生用としては最初と思われ、長波から中波、短波それにFM帯まで受信出来る画期的な仕様でした。当然ながらPLL方式を採用し周波数をダイレクトに入力できる方式で、それだけでもマニアに「スゴ〜ィ」と言わせるに十分な新機能でした。受信周波数は、

長波、中波、短波:153kHz〜29.999MHz
FM:76MHz〜108MHz

プッシュスイッチとリニアボリュームなどが多用され、ツマミの様な回すモノが無いデザインで斬新的でした。しかし、キーの接触不良や液晶不良もあり、何度もソニーへ修理に出すはめになり、結果的には廃棄の運命になってしまいました。
しかし、五年くらい後に、その経験が生かされた改良型?の「ICF-2001D」が出たようでしたが、買う気にはなりませんでした。

「ICF-2001」で、一番の思い出は、1983年秋に出張で行った中国の瀋陽(昔は奉天とも言ったらしい)のホテルで聴いた「Radio Japan」の報じる、大韓航空機爆破事件のニュースでした。

大変ショッキングなニュースでしたが、撃墜したソ連の戦闘機がミグだとかスホイだとか毎日事の成り行きをワッチしていました。瀋陽は、日本列島の真西方向で、夜間には中波で東京のTBSナイターなども良好に受信出来て、内地の出来事はそれなりに分かっていました。

このラジオは大きく重く電池の消耗も激しく、結果的にあまり活躍の場もなくリタイアしました。
しかし、これが後のソニーのオールウェーブ・ラジオ「ICF-SW77」や「ICF-SW55」にまで繋がる、記憶に残るモデルだったと思います。
それでも、ネット社会が広がりをみせるなか、この様なラジオは早晩消え行く運命なんだと思うと少々寂しくも思います。