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2015年11月5日木曜日

デロリアン、お台場の MEGAWEBヒストリーガレージで見てきた、

1985年に公開のアメリカ映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にタイムマシンとして登場した「デロリアン」を見に行ってきた。お台場の東京テレポート駅から近い MEGAWEBヒストリーガレージの入口を入って直ぐのところに展示されていた。
ここには普段からクラシックカーが展示され、クルマ好きなら一度は足を運ぶところだ。
バック・トゥ・ザ・フューチャー (BTTF)の二作目。プロローグで、未来へタイムスリップした正にその日が、今年2015年10月21日の午後4時29分だったこともあり、それに合わせた展示となっている。

映画や DVDの人気もあり、混雑しているかと思ったが、三々五々、入場者がやって来る程度で、行列も無く、間近でユックリとデロリアン見ることが出来た。
傍らには、専任のスタッフが居て、デロリアンならではのドアやボンネットを開けたり閉めたりの気遣いもあり、カメラを向ける人には好評だった。

常設の他のクラシックカーは、キッチリとスポットライトが当てられ、鮮やかなボディーカラーや丸っこいフォルムがよく分かったが、何故かデロリアンだけは照明が不十分?でフラッシュ無しでは辛いモノがあった。


デロリアンがガルウイング・ドアやリアハッチを跳ね上げている様子を間近に見て、映画に出演したマーティーやドクの演技に思いを馳せた。

両側のドアが跳ね上げられているので、車内を子細に見ることが出来たが、次元転移装置や行き先の年代をセットするタイムサーキット、リアハッチに追加された電源供給装置「ミスター・フュージョン」など、映画で観られた装置などは一切付いていない。

つまり、ここに展示のデロリアンは、映画で使われたデロリアンそのものでは無くて、同型の市販車「DMC-12」ではないか?と思われる。
車体はステンレス製で ボディーの曲面も少なく、無骨なフォルムであり、お世辞にも格好良いとは言い難いが、BTTFのお陰?で、マニアからは熱い視線が向けられていた。

2015年11月2日月曜日

"ドリーム夜さ来い" 鳴子踊りをお台場で観て来た、

お台場をメインに、青海や有明など、いわゆるお台場エリアに幾つかのステージを設けた、首都圏最大級の鳴子踊り "ドリーム夜さ来い" だが、今年は十一月一日の夕方から観に行ってきた。

例年、この時期の東京は天気が安定せず、雨に祟られることもあったが、今年は晴天に恵まれ冷たい風も吹かず、踊り子にも観客にも幸いした。



この日は、朝十時から夜六時半まで、正にノンストップでリズミカルな鳴子の音がお台場の空に鳴り響いた。今年で十四回目、首都圏はもとより全国各地から、それぞれの地域の特色を生かした80チーム約6000人が参加した。
各チームが思い思いの趣向を凝らした衣装をまとい、その演技も見事、キビキビとした所作の繰り返しが見事に決まり観る者を魅了した。

メインステージは、数年前から場所が変わり、以前より盛り上がりに欠けてしまった印象だが、今年は、少し離れたダイバーシティ東京の(実物大)ガンダム立像前のステージへ移動して観た。
ここは、以前、辺り一帯が四季折々に野の花が咲き乱れていたワイルドフラワーガーデンの跡地、今は公園として整備されている。
なだらかなスロープの散歩道だが、この時ばかりは"ドリーム夜さ来い"のステージに早変わり。紅葉しつつある木々に囲まれ雰囲気も良い。メインステージから遠いので観客も少な目で、ラクラクと華麗な演舞を観ることが出来た。

日没からややあってプログラムも残り少なくなり、レインボウブリッジが間近に見えるメインステージへ戻った。ここがファイナルステージでもあり、どのチームも大旗が宙を舞い、ここぞとばかりに気合いの入った演技を披露、手にした鳴子が小気味良くあたりに響き渡り、フィナーレが近いことを誰もが感じていた。

2014年8月20日水曜日

ガンダム、決めポーズで七変化

久しぶりにお台場へ行った。
いつもはアクアシティでショッピングだったり、レインボウブリッジを眺められるレストランで食事だったりするが、この日はダイバーシティ東京へ向かった。
当然ながら、
プラザ前のフェスティバル広場に立つ、ガンダムの実物大立像を見るためである。

ダイバーシティ東京をバックに、仁王立ちのガンダム

夜のことでもあり、照明に照らされて、身の丈 18mもあるガンダムがスクッと立っていた。正に仁王立ちでの決めポーズである。
足下には記念写真を撮るため、若者達が、行ったり来たりしてアングルを考えているようだったが、一応にかなり離れた位置へ後ずさって行った。自分達とガンダムとのツーショットはなかなか難しい。

因みに、8月15日(金)~8月31日(日)の期間、
実物大ガンダム立像による「TOKYO ガンダムプロジェクト 2014 ガンダムプロジェクションマッピング G-Party35″RISE!”」が開催されている。
「機動戦士ガンダム」放送開始35周年を記念し、映像と音楽と光による迫力の演出映像と音楽と光による迫力の演出があり、毎日、19時30分/ 20時/ 20時30分/ 21時/ 21時30分の日に5回、ガンダムの七変化が見られるようだ。

2013年4月11日木曜日

アダムスキー型って、ソンブレロに似てるから?

既に旧聞になるが、月初のブログネタにするには、些か躊躇いもあり、この日のアップになった。パンスターズ彗星を一目みたい一心に、お台場に、しばしば訪れることになった。毎度毎度、夕暮れ時のことで、天候も安定していて、お台場から見る夕景は印象深い。


春の彼岸も過ぎて、太陽は真西からやや北寄りに沈む。お台場からだと、海を隔てて、対岸にある天王洲アイルの高層ビルの間、見通しが良ければ、茜空が地と交わる丹沢山系の稜線の向こうに最後の輝き放つ。

そんなシーンに見とれ、思わず数回シャッターを切った。手前のビルまでは約一キロほどあり、既に地上は暗くなりつつあり、茜空とは対照に墨色に染まった。

まぁ〜ごくフツ〜の夕暮れのシーンかもしれない。
しかし、夕焼け空であれば、その日いち日が平穏無事に終わる安堵感もあり、心の中で手を合わせたくなる気持ちにもなる。

帰宅後、この日、撮りためたデジカメのデータを整理していて、あるコマに手が止まった。デジカメのモニターでは、分かるはずも無いが、マックの大きな画面で見ていて、何だコレ〜ッと手が止まった。

画像で、右から二つ目のビルの左上角から少し左上に小さな何かが?写っていた。前後のコマで確認してもゴミでは無さそうだ。

撮っている時には、全く気が付かなかったが、正体不明の何かである。思いっきり拡大してみた。先入観も有るが、形としては、ソンブレロみたいだ。

このソンブレロって、南米のガウチョ(カウボーイ)や農民が常用するツバの広い帽子のことであるが、アダムスキー型を説明する時に、しばしば引用される。さて、この正体は何なのか?今となっては分からず、文字通り UFOって呼ぶのが適当か?

2013年4月8日月曜日

パンスターズ彗星、お台場から観えた。

パンスターズ彗星が近日点を通過してから、
まもなく一ヶ月になる昨日、お台場へ、また出掛けた。


昨年も同時期に発生した爆弾低気圧が去った後で、まだまだ風は強いものの空は澄み渡り上空は青空で、彗星を観るには正に打って付けのチャンスだと思われた。

これまでも、幾度となく自宅周辺を含め、日暮れの時刻にアチコチで空を見上げたが、毎度毎度、天候に翻弄された。

しかし、今回は条件が揃っていて、ただ一つ、懸念されたのが、日没後の北西の空の様子だった。
お台場での自分の立ち位置は前々から決めてあった。アクアシティーの屋上で、目の下は海、対岸までは一キロくらいあり障害になる物は無い。

その位置から、19時前後、彗星の方角は300度から330度の間、仰角は約10度と推定し、地図に線引きしてみた。それによると、アクアシティーからは、レインボウブリッジの橋脚の左側上空と、以前の漠然とした北西方向より、かなり精度?を上げた積もりだった。

18時頃に現地へ到着。太陽は対岸の高層ビルの向こうへ沈む寸前で、丹沢山系の稜線が茜空に薄墨色に見えていた。
次第に、茜色が紺色に変わり、まず最初に木星がクッキリ見え始め、その左にオリオン座が見える頃になると、次々に星々が確認できるようになった。しかし、注目している方向には、星すら見えない。

ひたすら、視野8度(6x30)の双眼鏡で、水平方向から一つ上に向けて、15度位までの夜空を右に左に観ていたが何の変化も無し。まだまだ強い風も吹き、その方向にもユックリと黒い雲が移動していて、気が気では無かった。

双眼鏡を長時間持ち続けるには辛く、暫く目視したり覗いたりしていたが、19時を過ぎた頃に、視野に淡く光る星が入った。直ぐに目視したが、全くそれらしきモノは見えない。
再度、双眼鏡を向けると、やや黄色っぽくボヤッとしていた。慌ててデジカメをその方向に向け、液晶画面では確認できないまま、レインボウブリッジをガイドに、ブラインドで撮った。

帰宅後、マックで画像処理をしたところ、画像の左上に小さな光点として記録されていた。
予想していた方角と仰角、そして時刻(19:06)から、パンスターズ彗星に違いないと判断した。しかし、彗星のコア(核)は何とか観えたものの、6倍(明るさ25)の双眼鏡では、ダストテイル(尾)は確認できなかった。もっとも、都心では、何十年も前から天の川など、どこにあるのか?その存在も分からない位の空だから、見えなくて当然かもしれない。

この方向の延長線上には、六本木(6km)、その向こうに新宿(12km)があり、光害も予想された。また、強風のためか?しばしば、雲が視界を遮ったりもしたが、空が澄んでいたのが幸いしたらしい。
これで、約一ヶ月間、気に掛けていたパンスターズ彗星騒動?にも終止符が打てそうだ。

2013年3月13日水曜日

パンスターズ彗星、観えたぞ?

パンスターズ彗星が近日点を通過してから二日目の夕方、再度、お台場へ出掛けた。


昼間からの晴天が続いていて、バスがレインボウブリッジを通過する時には西日が眩しく西の空の様子は分からなかった。フジテレビ前で下車し、小走りにアクアシティーの屋上へ到着した頃、太陽は対岸の品川埠頭の向こう側にある天王洲アイルの高層ビルの背後に隠れようとしていた。

上空はまだまだ青空だったが、太陽の沈みゆく方向は、まさに茜空で、丹沢山系の稜線と富士山のシルエットが薄墨色に見えた。雲は有るものの、視界は良いと思いつつ、目指す南南西の方向に目を戻すと、何と何と天空に長く尾を引く彗星らしきものが忽然?と視界に入りビックリ。

時刻は午後六時頃で、想定していた方向と一致、高度も高層ビルの上、これはパンスターズ彗星に違いないと思った。上空はまだまだ明るく、木星以外は見えない状況下ながら、意外に明るく見えた。目視で捉え、双眼鏡でも観て、デジタル一眼で何枚か撮った。

帰宅後、撮影データをマックに取り込み、ディスプレイで見てみたが、何となく、彗星本来の形では無いような印象だった。
アップで見たり、画像のコントラストを変えたりして、子細に調べると、彗星のコア(核)がハッキリしない割にダストテイル(尾)が立派すぎる。
全体が暗ければコアしか見えず、条件が良ければ、微かにダストテイルの存在が分かる程度が普通らしい。

右の画像は、左より十数分前に撮影したが、二条の白雲を引き高速で移動していて、ジェット旅客機であることは明らかだ。
お台場から羽田空港までは、海を隔てて滑走路の端までが七キロメートルほどで、羽田離着陸の機体は茜空に黒いシルエットでそれとわかる。左の画像も、恐らく、東京湾上空を高高度で通過して関西方面に飛ぶ機体が引く、これも飛行機雲ではないかとの結論に至った。残念だが明日以降、デジカメで彗星をキッチリ撮るまでは、このチャレンジは終わらない。

2013年3月12日火曜日

パンスターズ彗星、絶対観るぞ、お台場から

天文雑誌によると、パンスターズ彗星が三月十日に近日点を通過するとあり、昨年末より気に掛けていた。しかし、当日は、三月にしては珍しく、昼過ぎに25度を超えて夏日となり驚かされたが、それもつかの間、一天にわかにかき曇り、都内は煙霧で覆われ数百メートル先が霞んだ。そんな異常気象?に彗星を観たい気持ちも一瞬萎えた。

翌日は、朝からの晴天で、日没近くなっても上空は雲一つ無い青空、今日こそはっと、双眼鏡とデジカメをバッグに入れてお台場まで出掛けた。

お台場でもアクアシティー前の展望デッキが、彗星を観るにベストと前々から考えていた。
対岸の品川埠頭までは約一キロメートル、その背後にある天王洲アイルの高層ビル群までは二キロメートルほどだ。その高層ビル群の合間に太陽が沈む。だが、今日は、この方向は曇が掛かり日没も雲間に隠れ確認できなかった。

視界が良ければ、この方向に丹沢山系の稜線と富士山のシルエットがクッキリと見え、薄墨色の稜線の上に彗星が見えたかも知れない。明日以降も、夕方の天候次第だが、一週間くらいは、お台場通いになるだろう。

2013年2月6日水曜日

神田川に ユリカモメ が舞う、

先日、秋葉原へ行く途中、いつもは銀座線神田駅で下車し、神田川に架かる万世橋を渡るが、その日は、都営新宿線岩本町駅で下車し、秋葉原へ向かった。

万世橋よりひとつ下流の和泉橋を渡る時に、川面に目をやると、何と ユリカモメ の群れが飛び交っていた。

ここから、さほど遠くないお台場の渚には、時折、この ユリカモメ の乱舞が見られるが、都心の川面で見る機会は殆ど無い。

居合わせた人々が、ユリカモメ と知ってか?知らずか?一様に、デジカメや携帯を向けていた。

その昔、東下りの 在原業平 が隅田川を渡る時に、船頭から 都鳥(ミヤコドリ)と聞いて、京に思いを巡らせた鳥が、この ユリカモメ と言い伝えられている。

実のところ、ユリカモメ は翼が灰色(腹は白)、嘴と脚が赤い、ミヤコドリ は嘴と脚が赤いものの、翼は黒色(腹は白)で、区別は容易である。

この ユリカモメ は、東京都の鳥とされ、新橋からお台場を周回するモノレールの愛称(ユリカモメ)にもなっているほど、今では有名だ。


伊勢物語「都鳥」
在原業平は、権力闘争に敗れ藤原高子を失い、悶々とした気持ちで東へ下るが・・・

なお行きゆきて武蔵国と下総の国との中に、いと大きなる川あり、それを隅田川といふ。
その川のほとりに群いて思ひやれば、限りなく遠くも来つるものかなとわびあえるに、
渡守はや舟に乗れ、日も暮れぬと言うに、乗りて渡らんとするに、皆人ものわびしくて、
京に思ふ人なきにしもあらず。

さる折しも、白き鳥のはしと足の赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ、魚を食ふ。
京には見えぬ鳥なれば、皆人見知らず、渡守に問ひければ、これなん都鳥といふを聞きて、

名にしおはば、いざ言問わむ 宮古鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

2012年11月5日月曜日

「ガンダム」、三年ぶりにお台場に帰還

毎年この時期にお台場で開催の、よさこい踊り「ドリーム夜さ来い」を観に行って来た。

90組6,000名が二日間にわたり、お台場の周辺会場を回りつつの演舞が見物だった。今年は天気に恵まれ、ダンサーにもギャラリーにも好日となった。

セントラル広場での乱舞がラストステージ、来年はニューヨークでの開催が予定されているようだ。

その後、このセントラル広場から近い、ダイバーシティ東京プラザへ向かった。

2009年の夏の時期だけ、ここから近い、お台場の南端にある潮風公園にお目見えした実物大のガンダムだが、今年の4月19日にオープンした商業施設「ダイバーシティ東京プラザ」の正面に再び立っている。

潮風公園に立っていた時は、広場の真ん真ん中に位置していて、周りに大きさを比較するものが何もなかったが、ここでは建物の前に立ち、身の丈 18メートルとか、頭が五階の窓に届くほど、その馬鹿デカサが分かる。

通りすがりの多くの人達が、ガンダムにデジカメを向けたり、ガンダムをバックに記念写真を撮ったりしていたが、多くは足腰だけしか入らず、何度も立ち位置を変えていた。

お台場の西側には「自由の女神像」があり、東側にこのガンダムが立ったことで、それぞれが、お台場繁栄の守護神?になることを願わずには居られない。

2012年7月5日木曜日

「サラダ記念日」から25年、「風が笑えば」刊

たまたま立ち寄った書店で、背表紙の「俵 万智」の名に気づき手に取ってみた。久しく忘れていた歌人だ。彼女の歌集「風が笑えば」だったが、かって、ミリオンセラーになった「サラダ記念日」の刊行から、何と25年目のことになるようだ。

2009年3月~2011年12月にかけて「婦人公論」に連載された「うた便り」などからの抜粋と東日本大震災後の日々を綴った書き下しエッセイが収録されている。

「春」 「夏」 「秋」 「冬」という四季に分かれ、奥宮誠次による写真に、俵 万智の短歌が添えられるという構成になっている。

俵 万智によると、初めに奥宮の写真ありきで、それぞれの写真に合わせて短歌を詠んでいるそうだ。
日々、凡人が遭遇しそうな身近な体験話が綴られている。彼女風の独特の韻を踏むような文字面に、幾度か視線が上下するのもご愛敬か?  夏の章に、

はつ夏に金魚の赤を点じれば翡翠の色に水は輝く
瓢箪が手足を伸ばす日盛りに風起こしゆく夏の少年

俵 万智は、何故か?普段はあまりお目に掛からない難読?な熟語を用いることも多く、シバシバ読みに詰まるが、かえって意味深い。

ちょうど真ん中くらいのページ、お台場の文字に手が止まった。モノクロの見開きページだが、レインボウブリッジをバックにしたお台場海浜公園の夜景である。そこには、

見詰め合うことよりも同じ風景を見るということお台場の夜

海浜公園のウォークボードの端に寄り添って座るカップルの視線の先にレインボウブリッジがある。

お台場へ行った人なら誰でも、此処でシャッターを切る程のビューポイント。
しかし、何だか変だな・・・暫しあって納得。この写真は裏焼き、要するに、左右が逆になっている訳だ。奥付によると、奥宮誠次はプロの写真家らしいが、プロがこんな事をするのか?する必要が有ったのか?

お台場は、私の散歩コースのヒトツで、景色にも拘りを持っていて、この写真にガッカリした。しかも、更に子細に写真を眺めると、レインボウブリッジのバックに在るはずの、沢山の高層ビルも、多くが写っていない。

数年前より、もっともっと前の撮影か?あるいは、レインボウブリッジを際だたせるために、消してしまったのか?いずれにせよ、プロのやることではなそうだが・・・
久しぶりの俵 万智の歌集にワクワクしただけに、ここだけは、後味の悪い思いが残った。


この味がいいねと君が言ったから7月6日はサラダ記念日……「俵 万智」


「考証」

同じ場所で撮った写真。本の写真が裏焼き(左右が逆)であることが確認できる。


2011年9月29日木曜日

お台場で公開展示されている最後の青函連絡船「羊蹄丸」は解体かも?

今月末で休館する、船の科学館の別館として展示されている青函連絡船の羊蹄丸ですが、現在、引き取り手を探しています。閉館で維持費の捻出が難しくなるためで、貴重な文化遺産でもあり、縁のある自治体や法人にぜひ無償で譲渡したいとしています。

「羊蹄丸」は、函館と青森を結んだ最後の連絡船で、青函トンネルの開通に伴い引退し、1996年からお台場の海面で一般公開していました。



私も、これが最後と思い久しぶりに乗船?してみました。しかし、引退後の船内はイベントホールの様に改装されていて、公開されている区画では、青函連絡船を思い起こすような内装も無く、ここが船内か?と改めて周囲を見回すほどでした。

ここでの展示は、海をテーマとした「シー&シップワールド」と昭和30年代の青森駅の様子を体感できる等身大の「青函ワールド」は、往時、青函連絡船を利用した方々には印象深かった様に思います。

並列する様に係留され一般公開されている南極観測船の宗谷にも乗船してみました。
鮮やかなオレンジ色の船体ですが、羊蹄丸より小さいのが見て取れます。しかし、こんな小さな船体で赤道を越えて、日本と南極を六回も往復するとは、ただただ驚くばかりです。

こちらの船内は往時の姿を比較的忠実に残しているようで、個々の船室には、そこを居所とする船員の階級が明示されています。
船の中では、士官と科員の二つの階級があります。士官は、船長をはじめ航海士、機関士、通信士、事務長、船医と言った国家資格を有する船員です。その他の船員は、科員と呼称し、甲板長をはじめとするいわゆる一般船員です。

陸の企業で言えば、士官は課長以上の管理職、科員は係長以下の一般職に相当するようです。
それで、宗谷でも、船長をはじめ士官は個室が与えられ、科員はほとんどが四名による相部屋のようです。この他、食堂も士官は士官専用があるなど、階級制度が職務だけでなく生活面でも大きく異なることが、部屋割りでも見て取れました。

狭い船内では、通路を行き来するにもカラダをかがめる様な仕草も必要で、狭く急な角度のタラップも難儀をしたことと思います。
宗谷海峡にちなんで名づけられた宗谷ですが、商船→特務艦→巡視船→南極観測船→巡視船→記念艦として、竣工から既に七十余年、未だ船籍は有るものの、このままでは朽ち果てんばかりの船体に涙するモノがあります。

船の科学館は休館しても、この宗谷は今まで通り一般公開されるので、機会があれば再度訪れたいと思います。

なお、蛇足ですが、
画像の中央、羊蹄丸の直ぐ後ろにある白いビルは「東京湾岸警察署」です。

元々は東京港内とその沿岸部を管轄する水上警察署がありましたが、海面の埋立造成で、お台場が出来たことにより、それらの地域も含め、新たに「東京湾岸警察署」が発足しました。

同じお台場に社屋があるフジテレビのドラマを連想させる名称ではマズイとの意見もあったり、商標権との兼ね合いもあり、頭に「東京」を付け加えたようですが、地元では何のこだわりも無く「湾岸署」と呼ばれています。

この日のお台場からの夕景です。
対岸の天王洲アイル方向が茜色に染まり綺麗な日の入りで、右側のレインボウブリッジに重なるように東京タワーも朱色に見えていました。

2011年9月28日水曜日

お台場の「船の科学館」、37年を経て休館に

大型客船を模したカタチで、お台場のランドマークとしても親しまれてきた「船の科学館」が、施設と展示物の老朽化に伴い、今月末で休館になります。別館として展示されてきた最後の青函連絡船の羊蹄丸も公開を終了します。

表向きは、ニューアルの検討を行うとしていますが、事実上は、休館ならぬ廃館らしいです。
開館は1974年7月20日、正に海の記念日でした。

当時、この辺一体は未だ東京都の臨海地域の開発途中で、「お台場」でなく「13号埋立地」と呼ばれていました。

それから4年後の1978年には初代の南極観測船「宗谷」が公開され、1996年からはその隣に最後の青函連絡船のうちの一隻、羊蹄丸も展示公開され今日に至っています。

海沿いに建つため、塩害や土地の地盤沈下などで施設の老朽化が進んできたことと、館内の展示も老朽化が進んでいること、また、近年は来館者数も激減し、維持管理費が掛かり過ぎることもあり、リニューアルも難しく事実上は廃館されるようです。

ただし、膨大な展示物や貴重な資料もあり、それらの収蔵保管場所として、当面、建物自体は残されるようです。それと、ここには海上保安庁の航路を管理する信号所があり、直ぐには移転も出来ず、現状で引き続き運用されるようです。

ここは当初、「13号埋立地」と呼ばれたくらいのエリアで、交通の便が悪く、もちろん定住者も皆無。私が最初に訪れたのは、たしか1976年頃で、JR品川駅東口発の都バスで、開通したばかりの海底トンネル経由で船の科学館へ行きました。

当時は、埋立地としての造成がほぼ終わった段階で、都バスの終点、船の科学館前の停留所には、小さな売店が二三軒?あっただけ。あとは見渡す限り、碁盤の目のように区画整理された土地でした。

そこは、雑草が生い茂り、トンボが飛び、蝶が舞い、バッタが跳ね、唯一、船の科学館だけがそびえ立つようにありました。

それから三十余年、今はその「13号埋立地」も「お台場」と呼ばれ、東京の観光スポットにまでなり、ただただ、その変貌に驚くばかりです。

船の科学館から都心方向、この風景も見納めでしょう。



2011年9月16日金曜日

真夏日のお台場ですが、静か過ぎ……

最近はとんとご無沙汰のお台場ですが、夏のイベントの為だったのか?砂浜の砂が何時もより厚く盛られていました。河口流域ではないので、砂が波で浸食される為、伊豆七島の神津島から運ばれて来るようです。

例年、夏の間はフジテレビの社屋の向こう側にイベントスペースが出来上がり、早朝から開場を待つ長蛇の列がみられますが、今は跡形も無く静かな空間だけがあります。

数年前から、東京の新観光スポットとして外国人観光客に人気が出始めたお台場ですが、原発事故の風評か?激減しています。また、水遊びや舟遊びの人影も疎らで、静かなお台場でした。

今日の満潮は日没後、まだまだ満ちてくる途中でしたが、既に砂浜が狭く感じられました。ここ数日続く夏日、風が穏やかで、ウインドサーフィンに興じる若者の姿は無く、何時もなら、青空に白い翼を羽ばたかせ旋回するユリカモメも見られませんでした。

西の空が朱色に染まり、天王洲アイルのビルとビルの間にチラリと富士山のシルエットが見えて程なく日没になりました。そして、レインボウブリッジにイルミネーションが点り、今暫くは静かなお台場海浜公園になりそうです。

2010年5月5日水曜日

ラオックスお台場店は免税ショップ・・・

秋葉原の大型量販家電店のラオックスが、大型連休に合わせ四月二十八日、お台場に新規開店しました。新規開店の店を出すのは三年ぶりとかで、先日、お台場の潮風公園へ行った帰りに立ち寄ってみました。お台場と言っても、アクアシティや東京デックスなどからは、かなり離れた商業施設のヴィーナスフォートに出店していました。


開店前のプレスリリースによると、お台場という立地に合った品揃えで、iPodなど携帯音楽プレーヤーとかデジタル家電をメインに営業するとありました。

しかし、店内に入ってみて、携帯音楽プレーヤーやデジタル家電より、どちらかと言えば、生活家電品が主体と言っても過言ではないような印象でした。

なかでも突出していたのが、デジタルワッチで、有名ブランドのオンバレードです。
そのブランド表示も、例えば "SEIKO" ではなく "精工" と表示されていたりして、中国からの観光客相手の免税店の様相を呈していました。

恐らく、中国のオーナ会社(蘇寧電器)の意向が色濃く出たような商品構成で、中国をはじめ東南アジアからの観光客に、ここで買い物をさせようとしている様に思えてきました。

しかも、店内ではラオックスのロゴをほとんど見掛けず、店名すら忘れかけてしまうほどです。そんな醒めた見方で、店内を見渡すと、私達が此処でわざわざ買い物をするメリットを見いだせない様に思えてきました。

2010年5月4日火曜日

お台場も初夏の賑わいが・・・

連休の半ば、久しぶりにお台場海浜公園へ行って来ました。
今回は "モノレール"ゆりかもめ" ではなく、海底トンネル経由の "りんかい線" を利用しましたが、想像していたより空いていて拍子抜け。

下車した東京テレポート駅から地上へ出ると、フジテレビやアクアシティなどの商業施設へ向かう列とビーナスフォートへ向かう列が自然に出来て、足早に駅から離れていきました。

アクアシティーは、この春に大規模なリニューアルがあり、店舗の改装や新規出店でかなりイメージが変わり若者達で賑わっていました。

普段はあまり足を運ぶこともないビーナスフォートですが、いつもこの時期には、“お台場ハワイ・フェスティバル”が開催されています。
ハワイアン・マーケット、ハワイアン・ライブ、ポリネシアン・ナイトショー、レイ・デイなどのイベントが行われていて、ここは既に夏の雰囲気でした。

しかし、遠出の行楽へ行った方々が多いのでしょうか?人出は普段の土日と余り変わらず、五月の連休中をそれほど意識するような混雑はありませんでした。
それでも、いつもながら外人観光客の姿も多く、特に、中国や東南アジアからの来日が多いようで、最近は、彼ら目当ての免税ショップがこのお台場エリアにも出現し始めました。

連休に入って、東京もようやく初夏らしい陽気が感じられるようになり、海浜公園の波打ち際で遊ぶ親子連れの歓声も聞かれ、久々ながら賑わいを感じました。
この時期の日の入りは六時半頃で、対岸の天王洲アイルのビルとビルの間に見えるはずの富士山も今日は雲に隠され、沈む夕日が赤々と空を染めていました。

2010年4月23日金曜日

負け組のラオックスが、お台場に新規店舗を開店・・・

ヤマダ電機やヨドバシカメラ、ビックカメラなどとの熾烈な値引き競争から脱落した秋葉原の大型量販家電店のラオックスですが、多くの既存店を整理統合して今は五店舗しかありません。

プレスリリースによると、中国の家電量販大手の蘇寧電器の資本支援を受けて経営再建中のラオックスですが、大型連休に合わせ、二十八日に、お台場に出店するようです。

新規開店の店を出すのは三年ぶりとか、中国のオーナ会社の資金力?によるもので、今後の動向が注目されます。

お台場でも東側の地区にある商業施設「ヴィーナスフォート」の中に出店。お台場という立地に合った若者向けの品揃えで、iPodなど携帯音楽プレーヤーとかデジタル家電がメインになるようです。

これから夏に向けて、お台場へ行った時の散歩コースも、あの大観覧車に近い、ヴィーナスフォートにも足を延ばすことになりそうです。

2010年1月11日月曜日

お台場では、ウォーターイルミネーション "海の地球" が観られ

正月気分も抜けて迎えた三連休。お台場では、少し早めの成人の日の祝いもあってか?振り袖姿の娘さん達も多く見掛けました。その振り袖に珍しさもあってか?居合わせた外人観光客からはモテモテ、あちこちで一緒に写真を撮られていました。


アクアシティは、リニューアルも済み、新店が二十数店舗も加わり賑わっていました。ヴィーナスフォートも都内では初の大規模アウトレットを開設し大バーゲン中。

レインボウブリッジの虹色ライティングは既に終了していますが、アクアシティ前の海面で、お台場ウォーターイルミネーション "海の地球{ほし}" が観られました。

海水で作り出した幅 40m X 高さ15m のウォータースクリーンに幻想的かつ立体的な映像と、高さ30mまで噴き上がる10本の噴水がコラボレーションしていました。

お台場では初めての海面でのイルミネーションは、レインボウブリッジとその背後の東京の夜景に華やかな彩りを添えていました。

2009年12月13日日曜日

お台場海浜公園は暖かく波静かで、

師走もはや半ばになりかけ、日々の寒さも身に凍みる思いですが、昨日は、たまたま南からの低気圧の通過で一ヶ月も季節が後戻りしたような陽気でした。

Photo by iPhone 3GS






それで、今年は最後になるかと思われるお台場海浜公園へ散歩に行って来ました。

このところ、日中の気温は十度ほどですが、この時ばかりは二十度に届くかのような暖かさで、浜辺で遊ぶ幼児の姿も多く見られました。

満潮も過ぎ、潮が引き始めた時刻で、ウインドサーフィンに興じる若者の姿も無く、沢山のユリカモメとカルガモが波打ち際まで来て餌をあさっている姿がありました。

寒い時期ですから、背後の商業施設から海辺は降りてくる人の姿は少なく、上の方のウォークボードを歩く外人観光客の姿ばかりが目立っていました。

秋以来、大規模なリニューアル工事中のアクアシティーはいくぶん人影が少ないようですが、都内では初めてのアウトレットが出来たヴィーナスフォートへの道は長蛇の列が続いていました。

これからお台場も夜のライトアップとイルミネーションもいっそう鮮やかになり昼夜問わず賑わうことでしょう。

2009年11月3日火曜日

祝日の割には静かだった、お台場海浜公園

気象用語では特異日、十一月三日(文化の日)は、今年も晴天になりました。

しかし、先週の半ばに二十数度の暖かな日があっただけに、今日のこの寒さはひとしお身に凍みる思いでした。一昨日のドリーム夜さ来い(よさこい)を見に来て、一日おいて、またまたお台場に来てしまいました。

Photo by iPhone 3G
場所が場所だけに、この季節の変わり目の寒風には些か参りました。
祝日の割には人影も少なく、目立つのは外国人観光客ばかり、水遊びや舟遊びの人影も疎らで冬の兆しを感じる様になってきました。

今日は大潮の日で、たまたま波打ち際を歩いている頃が満潮の時刻で、普段より砂浜が狭く感じられました。この寒さにも関わらず、ウインドサーフィンに興じる若者の姿があり、岩陰では黒い羽を左右に広げて立つ海鵜、青空に白い翼を羽ばたかせ旋回するユリカモメがたくさん見えていました。

青空が朱色に染まる五時前に日没になりましたが、気がつくと反対の空に月が上がって来るところでした。まだ高度が低い為か?少々赤みを帯びた満月でした。こんど来る時には、はやばや、クリスマスのイベント用に色とりどりのイルミネーションが輝いているかも・・・

2009年10月19日月曜日

午後五時を過ぎるとお台場も夜景モード・・・

夜のお台場は久しぶりのこと。
この時期の潮風はまだまだ寒さを感じるほどでもなく、お台場の中心街、デックス東京ビーチからメディアージュ、アクアシティお台場までのウォークボードは、行き来する若者達で賑わっていました。

Photo by iPhone 3G

午後五時を過ぎると、それまではウインドサーフィン専用の水域も開放され、レインボウブリッジの方から両舷に提灯をたくさん付けた屋形船が何隻も入って来ます。

多くが二十名ほどを乗せ、芝浦や品川辺りの船宿から来て、お台場の夜景を眺めながら船中で海鮮料理を楽しんでいるようです。

現在、アクアシティお台場は、テナントの多くが改装工事の真っ最中で、十一月のリニューアルオープンが待たれるところです。次に此処へ来るのは、今月末に開催される第八回ドリーム夜さ来い(よさこい)祭りの時になるでしょう。