マックを使うようになってから今年で丁度二十年。
ウインドウズは Windows 3.1 がインストールされた NEC の PC-98 で、無償アップデートの Windows 95 を少々使ったのが最後、それからでも十五年が経ちました。
以後はマック三昧の日々を過ごしてきて、今は Mac OSX 仕様の実働機はノートとデスクトップを合わせ十指に余るほどになりました。
Mac OSX の時代も十年、Mac OS9 以前の様に爆弾に見舞われることは滅多に無くて快適そのものです。正にマックライフは太平ですが、最近のウインドウズの進化にも大変惹かれるモノがあります。
それで、十五年ぶりですがウインドウズ機を買ってみることにしました。
ウインドウズ機は、百花繚乱、選り取り見取り、既に成熟期でもあり、ハードウェアよりソフトウェアや外観デザインに重点を置く時代かも知れません。
過去には、PC-8001, PC-8801, PC-9801, PC-9821と NEC 一辺倒でしたが、今回は、我が家の歴代のテレビがトリニトロンで、先月はエコポイントに惑わされ BRAVIA を二台も買ってしまったこともあり VAIO にしました。
まぁ〜Win通からは、鼻で笑われるかもしれませんが、VAIO ならではの遊び心もあり、本人としては熟慮?の末の結論でした。
どうせ買うなら?と、カタログにある VAIO の最上位モデルを候補としました。
カタログ仕様は、
ディスプレイはノングレアの16.4ワイド画面(1920x1080)で、Adobe RGB100%カバー、Core i7-740QM, NVIDIA GeForce GT425GPU , BD/DVD Drive, HDD(500GB), USB 3.0 x2, 地デジ(ダブルチューナー), Office 2010, オマケ?にノート型なのにテンキーまであります。
大雑把に比較すれば、MacBook Pro 17型も負けそうな位の仕様です。
年末商戦まっただ中の実勢価格は、アキバでも二十三万円台後半から二十四万円台後半までが多く見受けられました。
しかし、私はカタログ掲載品を買う積もりは全くなくて BTO つまりソニーが言うところの VAIO OWNER MADE で、自分仕様にカスタマイズしました。
カタログ仕様からアップしたのは、
Windows 7 Profesional 64ビット正規版
HDD 500GB 7400回転/分
USキーボード(バックライト付き)
ATOK 2010
不要としたにのは、
Office 2010 Home & Business Edition
Adobe Photoshop Elements
Adobe Premiere Elements
Adobe Photoshop Lightroom
マカフィーPCセキュリティーセンター
ソニーの VAIO OWNER MADE は、何処の PCショップでも価格は同じ、しかも、ショップ独自のポイントも付きません。それ故、後々のことを考えて、ソニーの直営店である有楽町のソニーストア銀座で発注しました。
BTO 価格は、十八万円弱。
売れ筋の MacBook Pro 15型と、ほぼ同じ、当初想定していた額に近くて安堵しました。また、納期は二週間ほどでクリスマス頃には届くようです。
基本的には、この VAIO に Adobe の Photoshop と Illustrator をインストールする予定で、既にあるマック版とのパフォーマンスの比較など興味津々でいます。その他、VAIO は BRAVIA や PSP, Media Go などとも親和性があり、暫し遊べるのではないかと期待しています。
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2010年12月13日月曜日
2010年6月7日月曜日
十五年前の PC-98を、やっとリサイクル処分に
今さらの感はあるが、Windows95 が今でも快適?に動く NECの PC-9821Xa7C8 に引導を渡す時が来ました。相棒の17インチマルチディスプレイ PC-KM173 も道連れです。
買ったのは、今からちょうど十五年前のこと、NECの PC-98としては Windows3.1 がプリインストールされた最終モデルでした。時は1995年、秋に発表が予定されていた Windows95 への無償アップグレードが約束されていました。
クロックは 75MHz、RAMは 4MB x 2、850MBの HDDが搭載されていて、この当時として標準的なスペックでした。相方の 17インチマルチディスプレイ PC-KM173 の第一印象は、バカでかく、しかも 21kgもあることでした。しかし、その重量級のカラーモニターは、ダテではなく、スペックも充実していました。
MultiSyncと称していたように、
表示解像度は、きめ細かく対応していて、
PC-98シリーズでは、640 x 400 から 1280 x 1024、
IBM PC/AT互換機では、640 x 340 から 1280 x 1024、
マックでは、640 x 480 から 1024 x 768まで、
当時の多くの PC/Macに問題なく接続できました。
この時は、純正同士のコンビですから、快適に使えて当時としては申し分ない様なモニターでした。
しかし、それから間もなくインターネットなんて事も見聞きするようになり、少しはグレードアップも必須と考えるようになりました。
当時、多くの PC-98は Ethernetには未対応だった為、まずこれから掛かりました。
このモデルでは、PCIバスが三つ、NEC独自仕様の Cバスが三つ使える様になっていました。
それで、Cバス用の Ethernetカードを買ってきて組み込むことにしました。しかし、これを認識させる為には、MS-DOSのコマンドを用いることが必須になっていて、一時はお手上げ状態でした。
それでも、IRQなんて分からないながら、試行錯誤して何とか使える様にしました。これで、ルータ経由でのインターネット環境が出来ました。
しかし、Windows95 へアップグレードした時からメモリー不足に悩まされ、RAMは 4MB x 2 から 16MB x 4 に増設しました。ついでに、セカンドキャッシュも 256kBのメモリーを増設しました。
そのうち、内蔵850MBの HDDでは足りなくなり、外付けの 2GBの HDDと128/230MBに対応した MOドライブを追加することになり、PCIバス用の SCSIカードも同時に購入。こちらはプラグ&プレイ機能によりスンナリと使える様になり、Cバスの時の煩雑さがウソのようでした。
ソフトウェアも、最初の頃は、一太郎と Lotus123で十分でしたが、直ぐに MS-Officeもインストールすることになり、WORDと EXCELも使い始めました。しかし、翌年の春には、パッタリとこの NECの PC-98を使うことが無くなってしまいました。
今になって考えると、とても高い買い物だったNEC製品でしたが、十分に使いこなす事も無く、時折、思い出したようにスイッチを入れたこともありましたが、今日まで殆ど休眠状態でした。
N-BASICから MS-DOS2.1→ MS-DOS3.3→ Windows3.1→ Windows95まで約十年間もお世話になった DOSでしたが、Windows95 が最後になってしまいました。
九十年代初めから付き合いが始まった Macintoshですが、暫くは DOSとのバイリンガル状態でした。しかし、Adobeの Photoshopや Illustratorのようなアプリを扱うには、あまりにも Windows95 は非力でした。
管理の煩雑さや投資コストも鑑みて、この時点でウインドウズはキッパリと諦め、マックに全面的にシフトすることを決断しました。
これ以降、DOS機は次々と処分の対象になりましたが、この NECの PC-9821Xa7C8だけは、処分するに忍びなく今日まで延命していました。
しかし、今日に至り、退役したマックの置き場にも困るようになり、遂にリサイクル処分することにしました。振り返ってみても、華々しい出番も無く、静かに退役していく PC-98ですが、最後に昔の FDを探し N88-BASIC(86)を走らせてみようかと思っています。
Old soldiers never die; they just fade away.
買ったのは、今からちょうど十五年前のこと、NECの PC-98としては Windows3.1 がプリインストールされた最終モデルでした。時は1995年、秋に発表が予定されていた Windows95 への無償アップグレードが約束されていました。
クロックは 75MHz、RAMは 4MB x 2、850MBの HDDが搭載されていて、この当時として標準的なスペックでした。相方の 17インチマルチディスプレイ PC-KM173 の第一印象は、バカでかく、しかも 21kgもあることでした。しかし、その重量級のカラーモニターは、ダテではなく、スペックも充実していました。
MultiSyncと称していたように、
表示解像度は、きめ細かく対応していて、
PC-98シリーズでは、640 x 400 から 1280 x 1024、
IBM PC/AT互換機では、640 x 340 から 1280 x 1024、
マックでは、640 x 480 から 1024 x 768まで、
当時の多くの PC/Macに問題なく接続できました。
この時は、純正同士のコンビですから、快適に使えて当時としては申し分ない様なモニターでした。
しかし、それから間もなくインターネットなんて事も見聞きするようになり、少しはグレードアップも必須と考えるようになりました。
当時、多くの PC-98は Ethernetには未対応だった為、まずこれから掛かりました。
このモデルでは、PCIバスが三つ、NEC独自仕様の Cバスが三つ使える様になっていました。
それで、Cバス用の Ethernetカードを買ってきて組み込むことにしました。しかし、これを認識させる為には、MS-DOSのコマンドを用いることが必須になっていて、一時はお手上げ状態でした。
それでも、IRQなんて分からないながら、試行錯誤して何とか使える様にしました。これで、ルータ経由でのインターネット環境が出来ました。
しかし、Windows95 へアップグレードした時からメモリー不足に悩まされ、RAMは 4MB x 2 から 16MB x 4 に増設しました。ついでに、セカンドキャッシュも 256kBのメモリーを増設しました。
そのうち、内蔵850MBの HDDでは足りなくなり、外付けの 2GBの HDDと128/230MBに対応した MOドライブを追加することになり、PCIバス用の SCSIカードも同時に購入。こちらはプラグ&プレイ機能によりスンナリと使える様になり、Cバスの時の煩雑さがウソのようでした。
ソフトウェアも、最初の頃は、一太郎と Lotus123で十分でしたが、直ぐに MS-Officeもインストールすることになり、WORDと EXCELも使い始めました。しかし、翌年の春には、パッタリとこの NECの PC-98を使うことが無くなってしまいました。
今になって考えると、とても高い買い物だったNEC製品でしたが、十分に使いこなす事も無く、時折、思い出したようにスイッチを入れたこともありましたが、今日まで殆ど休眠状態でした。
N-BASICから MS-DOS2.1→ MS-DOS3.3→ Windows3.1→ Windows95まで約十年間もお世話になった DOSでしたが、Windows95 が最後になってしまいました。
九十年代初めから付き合いが始まった Macintoshですが、暫くは DOSとのバイリンガル状態でした。しかし、Adobeの Photoshopや Illustratorのようなアプリを扱うには、あまりにも Windows95 は非力でした。
管理の煩雑さや投資コストも鑑みて、この時点でウインドウズはキッパリと諦め、マックに全面的にシフトすることを決断しました。
これ以降、DOS機は次々と処分の対象になりましたが、この NECの PC-9821Xa7C8だけは、処分するに忍びなく今日まで延命していました。
しかし、今日に至り、退役したマックの置き場にも困るようになり、遂にリサイクル処分することにしました。振り返ってみても、華々しい出番も無く、静かに退役していく PC-98ですが、最後に昔の FDを探し N88-BASIC(86)を走らせてみようかと思っています。
Old soldiers never die; they just fade away.
2010年4月24日土曜日
フロッピーディスクって、何に? ソニーがFDの販売を・・・
ソニーが3.5インチ型のフロッピーディスクの国内販売を来年3月末で終了するそうです。
最近、パソコンと付き合い始めた人には、"フロッピーディスクって、何に?" と首を傾げられるかも知れません。
マックの場合は、1998年に衝撃的なデビューを果たした、あの "iMac" からフロッピーディスクドライブが搭載されなくなり、代わりにUSBが付加されました。
ウインドウズPCの場合は、マックに比べてやや時間差はありましたが、徐々にUSBにリプレースされて行きました。しかし、ごく一部には根強いニーズもあったようで、細々ながら今日まで販売も続いていたのでしょう。
私が最初に使ったパソコンは、言わずと知れた NECの PC-8001でした。1980年代初めの頃で、これにはフロッピーディスクドライブ(以後 FDD と略す)は、付いていませんでした。
この当時、FDDは外付けとして別に用意されていましたが、とても高価で、アマチュアには買えるはずがありませんでした。その代わりに、メーカーも推奨していた?、カセットテープレコーダーへ録音するようにしてデータを記録しました。
それから数年後、NECからFDD搭載の PC-8801MK2が発売になりました。
これには、5インチ型のFDDが二台標準で付いていて、カセットテープに比べると信頼性も使い勝手も雲泥の差。これ以後は、5インチ型のFDDが、どのPCにも内蔵されました。
3.5インチ型が徐々に普及し始めたのは1980年代半ば以降でした。
1990年頃には、各社からの3.5インチ型のFDD搭載のノート型PCが次々と発売され、それに倣うように、デスクトップPCも5インチ型から3.5インチ型へ急速にリプレイスされました。
その時からでも二十年間、使い続けられてきた根強いニーズがあったようですが、遂に、フロッピーディスクに引導を渡す時期が迫ってきたようです。
今にして思えば、このフロッピーディスクの登場無くして、パソコンの普及も発展も無かったように思います。しかし、今は、無くなる事への惜別より、無くなる事は、次への進化の始まりだと期待せずにはいられません。
最後に、僭越ながら、画像にある私物のお宝(ガラクタ)を紹介させて頂きます。
左側が、8インチ型のフロッピーディスクで、一太郎 Ver3のシステム+辞書ディスク、その上に載っているのが、5インチ型のフロッピーディスクで、花子のシステム+辞書ディスク、その右隣が、3.5インチ型のフロッピーディスクで、ATOK8 for Macのシステム・ディスクです。
説明の要は無いと思いますが、いずれも、ジャストシステム製で、8インチ型と5インチ型は MS-DOS時代のモノ。3.5インチ型はマック用で漢字talk7の時代のモノで、今では使える PC/Macがありません。
右端のグリーンのジャケットに入ったのモノは、NEC純正の8インチ型のフロッピーディスク(未使用)です。1980年代初めの頃、NEC純正の5インチ型のフロッピーディスクは一箱10枚パッケージで確か16,000円でしたが、8インチ型は幾らだったか?記憶にありません。
強者どもが夢の跡の如く、今はただ眺めて昔日を思い出す以外には、何のメリットも見いだせません。
最近、パソコンと付き合い始めた人には、"フロッピーディスクって、何に?" と首を傾げられるかも知れません。
マックの場合は、1998年に衝撃的なデビューを果たした、あの "iMac" からフロッピーディスクドライブが搭載されなくなり、代わりにUSBが付加されました。
![]() |
| 左から、一太郎のディスクが8インチ、花子のディスクは5インチ、ATOK5のディスクが3.5インチ 右のグリーンのエンベロープ(NEC floppy disk)は8インチ |
ウインドウズPCの場合は、マックに比べてやや時間差はありましたが、徐々にUSBにリプレースされて行きました。しかし、ごく一部には根強いニーズもあったようで、細々ながら今日まで販売も続いていたのでしょう。
私が最初に使ったパソコンは、言わずと知れた NECの PC-8001でした。1980年代初めの頃で、これにはフロッピーディスクドライブ(以後 FDD と略す)は、付いていませんでした。
この当時、FDDは外付けとして別に用意されていましたが、とても高価で、アマチュアには買えるはずがありませんでした。その代わりに、メーカーも推奨していた?、カセットテープレコーダーへ録音するようにしてデータを記録しました。
それから数年後、NECからFDD搭載の PC-8801MK2が発売になりました。
これには、5インチ型のFDDが二台標準で付いていて、カセットテープに比べると信頼性も使い勝手も雲泥の差。これ以後は、5インチ型のFDDが、どのPCにも内蔵されました。
3.5インチ型が徐々に普及し始めたのは1980年代半ば以降でした。
1990年頃には、各社からの3.5インチ型のFDD搭載のノート型PCが次々と発売され、それに倣うように、デスクトップPCも5インチ型から3.5インチ型へ急速にリプレイスされました。
その時からでも二十年間、使い続けられてきた根強いニーズがあったようですが、遂に、フロッピーディスクに引導を渡す時期が迫ってきたようです。
今にして思えば、このフロッピーディスクの登場無くして、パソコンの普及も発展も無かったように思います。しかし、今は、無くなる事への惜別より、無くなる事は、次への進化の始まりだと期待せずにはいられません。
最後に、僭越ながら、画像にある私物のお宝(ガラクタ)を紹介させて頂きます。
左側が、8インチ型のフロッピーディスクで、一太郎 Ver3のシステム+辞書ディスク、その上に載っているのが、5インチ型のフロッピーディスクで、花子のシステム+辞書ディスク、その右隣が、3.5インチ型のフロッピーディスクで、ATOK8 for Macのシステム・ディスクです。
説明の要は無いと思いますが、いずれも、ジャストシステム製で、8インチ型と5インチ型は MS-DOS時代のモノ。3.5インチ型はマック用で漢字talk7の時代のモノで、今では使える PC/Macがありません。
右端のグリーンのジャケットに入ったのモノは、NEC純正の8インチ型のフロッピーディスク(未使用)です。1980年代初めの頃、NEC純正の5インチ型のフロッピーディスクは一箱10枚パッケージで確か16,000円でしたが、8インチ型は幾らだったか?記憶にありません。
強者どもが夢の跡の如く、今はただ眺めて昔日を思い出す以外には、何のメリットも見いだせません。
2009年11月9日月曜日
オトナまで夢中になりそうな、キッズのお絵かきソフト
"キッドピクス" って言えば。キッズ用のペイントソフトとしては超有名?
1993年頃、秋葉原のソフマップで Macintosh Color Classic と一緒に買ったように記憶しています。
この Color Classic、クロックは16MHzでメモリーは 4MB でしたがカラフルで 256色が使えました。
一方、この頃は、そろそろ引退間際でしたが NECのノートパソコン PC--9801NS に、一太郎dash とロータス1-2-3 をインストールし重宝していました。
しかし、クロックは同じ 16MHzでも、メモリーはたったの 640kBでモノクロ液晶。同じ頃のデスクトップ PC-9801とカラーモニターの使用では 16色が精一杯、 256色のマックの色鮮やかさに驚くばかりでした。
この KID PIX ですが、久しく、その存在すら忘れていて、先日、アップルストア銀座へ行った時に、何となく見覚えのあるようなパッケージに遭遇し手に取ってみました。
"KID PIX DELUXE 3" for Mac OSX (Universal Edition) でした。Mac OSXの今日まで続いていたとは、その時まで知りませんでした。
この "KID PIX DELUXE 3" ですが、Mac OSXに対応してからは、昔に比べ飛躍的な機能の向上がみられ、IPhoto に登録している写真を読み込んで絵を加えたり、スライドショーに活用し、アニメーションが作れます。また、画像だけではなく、iTunes から音楽をイラストに組み込むこともできます。
その他では、アレンジしたアニメーション入りのイラストやスライドショーを iMovie として書き出し、iMovie 上でアレンジを加えることもできます。更に、完成した作品を簡単にメール添付して送信できます。同様に、iPod ビデオフォーマットで書き出したビデオは自動的に iTunes へ保存されるので、iPod へコピーして、第三者と共有も出来るようです。
未だ、全部を試したわけではありませんが、前作同様、大人でも結構楽しめそうなアプリには違いありません。しかし、これってローカライズされていないので、英語丸出しで少々面くらいそうですが、子供に使わせたら、日本語も英語も関係なし?直感的にスイスイ使えそうです。
正にマックの GUI の分かりやすさと KID PIX の巧みな使いやすさの相乗効果でしょうか・・・
1993年頃、秋葉原のソフマップで Macintosh Color Classic と一緒に買ったように記憶しています。この Color Classic、クロックは16MHzでメモリーは 4MB でしたがカラフルで 256色が使えました。
一方、この頃は、そろそろ引退間際でしたが NECのノートパソコン PC--9801NS に、一太郎dash とロータス1-2-3 をインストールし重宝していました。
しかし、クロックは同じ 16MHzでも、メモリーはたったの 640kBでモノクロ液晶。同じ頃のデスクトップ PC-9801とカラーモニターの使用では 16色が精一杯、 256色のマックの色鮮やかさに驚くばかりでした。
この KID PIX ですが、久しく、その存在すら忘れていて、先日、アップルストア銀座へ行った時に、何となく見覚えのあるようなパッケージに遭遇し手に取ってみました。
"KID PIX DELUXE 3" for Mac OSX (Universal Edition) でした。Mac OSXの今日まで続いていたとは、その時まで知りませんでした。
この "KID PIX DELUXE 3" ですが、Mac OSXに対応してからは、昔に比べ飛躍的な機能の向上がみられ、IPhoto に登録している写真を読み込んで絵を加えたり、スライドショーに活用し、アニメーションが作れます。また、画像だけではなく、iTunes から音楽をイラストに組み込むこともできます。
その他では、アレンジしたアニメーション入りのイラストやスライドショーを iMovie として書き出し、iMovie 上でアレンジを加えることもできます。更に、完成した作品を簡単にメール添付して送信できます。同様に、iPod ビデオフォーマットで書き出したビデオは自動的に iTunes へ保存されるので、iPod へコピーして、第三者と共有も出来るようです。
未だ、全部を試したわけではありませんが、前作同様、大人でも結構楽しめそうなアプリには違いありません。しかし、これってローカライズされていないので、英語丸出しで少々面くらいそうですが、子供に使わせたら、日本語も英語も関係なし?直感的にスイスイ使えそうです。
正にマックの GUI の分かりやすさと KID PIX の巧みな使いやすさの相乗効果でしょうか・・・
2009年2月23日月曜日
アキバでも "DOSパソコン" の姿が見られなくなる日は近い?
近年、秋葉原に於いて(私の知る限り) Windows95以前のNECの "PC-9801" シリーズだけを販売している中古PCショップが三店舗ありました。
まず、秋葉原でも老舗のNEC系PCショップですが、テナントとして長らく居たラジオ会館は、アニメやコミック、フィギュヤーなどの店が進出してきて客層が全く異質なモノになり、一昨年、撤退を余儀なくされました。それで今は規模をかなり縮小し、裏通りで中古の "98NX" を中心にリニューアルオープンしました。
次は、長らくラジオデパートの地下で同じく、Windows95以前の "PC-98" シリーズを扱っている店がありました。いわゆるDOSパソコンですが、FA関係のシステムに組み込まれている "PC-98" の保守用に求めに来るエンジニアには頼りにされていたようですが、つい最近、ここを撤収し移転しました。
もうヒトツ、秋葉原中央通りのヒトツ西側、末広町に近いところにある店は、正に典型的なアキバのジャンク屋の雰囲気をシッカリと残しています。ここには "PC-9801" の初期の頃からWindows3.1が出る前までの "PC-98" が雑然と棚に積み上げられていて、どれを見てもその当時のことが今でも鮮やかに思い出されます。
古いモノとはいえ、まだまだそれを必要とする人が多いらしく、中古とは思えない値札がついています。それでも、訪れるたびに製品の並びも変わっていて、買われてしまっているようです。
たまたま、今日、久しぶりに店の前を過ぎようとして、ドアの張り紙に足を止めました。何と、来月で閉店とか・・・
店の奥の方にV30とZ80の両方を搭載した "PC-98DO" があり、今でもPC-88とPC-98用のソフトウェアを持っている私には、安ければ買っておきたいところです。
いよいよ、アキバでも "DOSパソコン" の姿が見られなくなる日は近い?ようです。
コメント(アーカイブ)
ラジ館地下の親父さんの店は、1階に移ったよ。通路の両側2店舗使ってるよ。末広町近くの「大漁」は、閉店してしまったね。随分お世話になったなぁ。あんなにあった98の在庫はどうなったんだろ。もう1軒はファーストポイントだけど、最近は2階が閉まってるよね。
Posted by FMV645 at 2009.8.12 03:50:20
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「FIRST POINT」のルーツを辿れば、"NEC Bit-INN東京" へ行き着きます。1976年に、NECがマイコンキット "TK-80" を販売するために、日本電子販売?の協力を得て、ラジオ会館に開設したように記憶しています。
正しく秋葉原におけるパソコンショップの第1号店ともいえ、これ以後、ラジオ会館は「パソコンのメッカ」と呼ばれるほど数多くのパソコンショップが出店し、その後の秋葉原の市場を家電と共に繁栄させる礎となった様に思います。
つい最近まで「FIRST POINT」には、歴代のNECパソコンのなかでも代表的な元祖 "PC-8001" をはじめ、"PC-8801" や "PC-9801"、さらに "HANDY98" や "PC-8201" といったハンディタイプまでが一堂に展示されていて、N-BASIC時代を彷彿とさせる物がありました。今となっては遠い昔の話ですが・・・
Posted by BlueMac at 2009.8.12 13:43:19
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まず、秋葉原でも老舗のNEC系PCショップですが、テナントとして長らく居たラジオ会館は、アニメやコミック、フィギュヤーなどの店が進出してきて客層が全く異質なモノになり、一昨年、撤退を余儀なくされました。それで今は規模をかなり縮小し、裏通りで中古の "98NX" を中心にリニューアルオープンしました。
次は、長らくラジオデパートの地下で同じく、Windows95以前の "PC-98" シリーズを扱っている店がありました。いわゆるDOSパソコンですが、FA関係のシステムに組み込まれている "PC-98" の保守用に求めに来るエンジニアには頼りにされていたようですが、つい最近、ここを撤収し移転しました。
もうヒトツ、秋葉原中央通りのヒトツ西側、末広町に近いところにある店は、正に典型的なアキバのジャンク屋の雰囲気をシッカリと残しています。ここには "PC-9801" の初期の頃からWindows3.1が出る前までの "PC-98" が雑然と棚に積み上げられていて、どれを見てもその当時のことが今でも鮮やかに思い出されます。
古いモノとはいえ、まだまだそれを必要とする人が多いらしく、中古とは思えない値札がついています。それでも、訪れるたびに製品の並びも変わっていて、買われてしまっているようです。
たまたま、今日、久しぶりに店の前を過ぎようとして、ドアの張り紙に足を止めました。何と、来月で閉店とか・・・
店の奥の方にV30とZ80の両方を搭載した "PC-98DO" があり、今でもPC-88とPC-98用のソフトウェアを持っている私には、安ければ買っておきたいところです。
いよいよ、アキバでも "DOSパソコン" の姿が見られなくなる日は近い?ようです。
コメント(アーカイブ)
ラジ館地下の親父さんの店は、1階に移ったよ。通路の両側2店舗使ってるよ。末広町近くの「大漁」は、閉店してしまったね。随分お世話になったなぁ。あんなにあった98の在庫はどうなったんだろ。もう1軒はファーストポイントだけど、最近は2階が閉まってるよね。
Posted by FMV645 at 2009.8.12 03:50:20
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「FIRST POINT」のルーツを辿れば、"NEC Bit-INN東京" へ行き着きます。1976年に、NECがマイコンキット "TK-80" を販売するために、日本電子販売?の協力を得て、ラジオ会館に開設したように記憶しています。
正しく秋葉原におけるパソコンショップの第1号店ともいえ、これ以後、ラジオ会館は「パソコンのメッカ」と呼ばれるほど数多くのパソコンショップが出店し、その後の秋葉原の市場を家電と共に繁栄させる礎となった様に思います。
つい最近まで「FIRST POINT」には、歴代のNECパソコンのなかでも代表的な元祖 "PC-8001" をはじめ、"PC-8801" や "PC-9801"、さらに "HANDY98" や "PC-8201" といったハンディタイプまでが一堂に展示されていて、N-BASIC時代を彷彿とさせる物がありました。今となっては遠い昔の話ですが・・・
Posted by BlueMac at 2009.8.12 13:43:19
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2008年5月10日土曜日
NECの「Bit-INN東京」があった秋葉原の「ラジオ会館」の変わり様は
1970年代から90年頃まで、いわゆるバブル期に成熟商品になったFMチューナーやアンプ、カセットデッキ、CDプレーヤーなど、かっての中古システムコンポをチューンナップして販売している店が秋葉原にあります。
数年前に施行された電気用品安全法(PSE法)に抵触すると、中古AV機器などの販売が問題視され、一時的に経営危機に陥った、ここのお店がマスコミに紹介されもしました。その後、紆余曲折を経て、結果的には、ビンテージ商品の再販に道筋が付き今も営業を続けています。
久しぶりにその店を秋葉原駅前のラジオ会館に訪れたところ、四階から五階に移転していました。しかし、残念な事に火曜と金曜日が定休日でガッカリ。
余談ですが、アキバの電気街は昔々から木曜日が定休日でしたが、時が移り今は、昔からの営業形態を踏襲する一部の電子電機パーツ店だけになり、多くは年中無休になりました。
それにしても、久々、このラジオ会館(通称ラジカン)に行ってビックリしたのはテナントの様変わりでした。
昔から営業していて店名をよく覚えていたのは、プロユースのマイク、コネクタ、PA機器のトモカ、中古オーディオの清進商会、真空管オーディオ、アクセサリのキムラ無線くらい。日本電気の「BIT-INN東京」は既に撤退、日本電気の大手代理店FIRST POINTも移転していました。
入れ替わってテナントになったのは、俗にアキバ系と呼ばれる方々が、ご御用達とするカラフルで派手派手しいお店です。
この現状を見れば「ラジオ会館」とは名ばかりの存在になっていると思わざるにはいられません。
昔を思い起こせば、「ラジオ会館」は日本のパソコン発祥の地です。
日本電気(NEC)のコミュニケーションサロンとしての "Bit-INN東京" は (日本のマイコンブームの火付け役となった "TK-80" が登場した) 1976年に開設され、その後、NEC初代のパソコン PC-8001が発売された頃から店舗が拡張され七階の半分くらいのスペースを占有していました。
TK-80→TK-80BS→PC-8001という "マイコン" から "パソコン" に移り変わる時期に "BIT-INN東京" は貴重な情報の発信基地であり、アキバでのNECファンにとっての聖地ともいえる特別な場所で、私も足繁く通いました。
その後、日本電気に続いて、日立製作所、東芝、三菱電機、富士通などが、相次いでパソコンの販売拠点、ショールームを開設し、日本に於けるパソコン普及の原点になりました。
それから四半世紀にわたりパソコンの啓蒙活動を展開してきた 日本電気は、その使命を果たした?として、この地を離れました。それに呼応してか?多くのパソコンメーカーや電器商が撤退し、変わって、アニメやコミックブック店、模型店などが相次いでオープンし客層が変化しています。
もはや、ここは、パソコンオタクや元ラジオ少年が足を踏み入れづらい場所になり、歴史も由緒もある「ラジオ会館」は "庇を貸して母屋を取られる" の例えの如く、名ばかりのビルになる日もそう遠くないと思われます。
数年前に施行された電気用品安全法(PSE法)に抵触すると、中古AV機器などの販売が問題視され、一時的に経営危機に陥った、ここのお店がマスコミに紹介されもしました。その後、紆余曲折を経て、結果的には、ビンテージ商品の再販に道筋が付き今も営業を続けています。
![]() |
| ラジオ会館は日本のパソコン発祥の地 |
久しぶりにその店を秋葉原駅前のラジオ会館に訪れたところ、四階から五階に移転していました。しかし、残念な事に火曜と金曜日が定休日でガッカリ。
余談ですが、アキバの電気街は昔々から木曜日が定休日でしたが、時が移り今は、昔からの営業形態を踏襲する一部の電子電機パーツ店だけになり、多くは年中無休になりました。
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| アキバ系ご御用達の店へ変貌? |
昔から営業していて店名をよく覚えていたのは、プロユースのマイク、コネクタ、PA機器のトモカ、中古オーディオの清進商会、真空管オーディオ、アクセサリのキムラ無線くらい。日本電気の「BIT-INN東京」は既に撤退、日本電気の大手代理店FIRST POINTも移転していました。
入れ替わってテナントになったのは、俗にアキバ系と呼ばれる方々が、ご御用達とするカラフルで派手派手しいお店です。
この現状を見れば「ラジオ会館」とは名ばかりの存在になっていると思わざるにはいられません。
昔を思い起こせば、「ラジオ会館」は日本のパソコン発祥の地です。
日本電気(NEC)のコミュニケーションサロンとしての "Bit-INN東京" は (日本のマイコンブームの火付け役となった "TK-80" が登場した) 1976年に開設され、その後、NEC初代のパソコン PC-8001が発売された頃から店舗が拡張され七階の半分くらいのスペースを占有していました。
TK-80→TK-80BS→PC-8001という "マイコン" から "パソコン" に移り変わる時期に "BIT-INN東京" は貴重な情報の発信基地であり、アキバでのNECファンにとっての聖地ともいえる特別な場所で、私も足繁く通いました。
その後、日本電気に続いて、日立製作所、東芝、三菱電機、富士通などが、相次いでパソコンの販売拠点、ショールームを開設し、日本に於けるパソコン普及の原点になりました。
それから四半世紀にわたりパソコンの啓蒙活動を展開してきた 日本電気は、その使命を果たした?として、この地を離れました。それに呼応してか?多くのパソコンメーカーや電器商が撤退し、変わって、アニメやコミックブック店、模型店などが相次いでオープンし客層が変化しています。
もはや、ここは、パソコンオタクや元ラジオ少年が足を踏み入れづらい場所になり、歴史も由緒もある「ラジオ会館」は "庇を貸して母屋を取られる" の例えの如く、名ばかりのビルになる日もそう遠くないと思われます。
2008年1月31日木曜日
エルゴソフトの EGWORD が販売終了になる その2
エルゴソフトの日本語ワープロ "egword Universal 2" 、"egword Universal 2 solo" ならびに日本語入力システム "egbridge Universal 2" の販売終了を聞き、ビックリすると共に残念なことに思っています。
私が最初に出会ったのは、漢字talk6の時代の "EGBridge Ver5.1" で、次いで、漢字talk7の時代の "EGWord Classic Ver1.1" だったと記憶していました。
しかし、今回のことがあって当時のパッケージを引っ張り出してみると、何と当時のカタログと共に "EGLight Ver1.1" のマニュアルも出てきて我ながらビックリしています。そのマニュアルの記述から辿ってみると、解説にはNECのPC-9801RX4が使われていてMS-DOS3.3の頃と思われます。
この頃、NECのPC98シリーズでは珍しかったブラウン管一体型(98Macと呼ばれた) "PC-9801CV" のFD起動で、この "EGLight Ver1.1"" を使っていたことを思い出しました。
これの隣ではノート型の "PC-9801NS" にジャストシステムの "一太郎dash" をRAMディスクに常駐させて同じようにワープロしていました。
"PC-9801CV" には2HDのFDDが二台あり、HDDは別売で十五万円位していて買えずにいて、片や "PC-9801NS" は2HDのFDDが一台でしたが、RAMディスクのお陰で処理速度はこちらの方が断然速かったです。
それと "EGLight Ver1.1" での日本語変換の途中で、ある文節の変換時に何時もハングアップする傾向にあり、エルゴのサポートに何度か電話で相談していました。しかし、エルゴでの再現性が無くて、個々のシステム環境に起因する問題ではないか?と言われ、それっきり自分としては使えないワープロとして "EGLight Ver1.1" はお蔵入りになり、四半世紀以上が過ぎてしまいました。
もっとも、当時は "一太郎" の全盛時代、"EGWord" に固執する理由も無く、また、エルゴソフトとしてもジャストシステムの牙城を切り崩せずに、やがてDOSのワープロから撤退することになったようです。
今回、出てきた "EGLight Ver1.1" は、いわゆるパッケージが無く、取扱説明書の裏表紙の内側に2HDのフロッピーディスクが紙袋に収められ、この取扱説明書自体が透明なフィルムで包まれて店頭に列んでいました。
B5版二色刷り200ページほどの説明書でしたが、なかなか立派な装丁で、しかも内容的にもシッカリとした解説で、エルゴの力の入れようが今でも分かる様な気がしています。
動作対象機種として、"NECのPC-9801シリーズ" の他に、EPSONの "PC-286シリーズ" とあって、忘れかけていた昔の「国民機」を思い出しました。
私が最初に出会ったのは、漢字talk6の時代の "EGBridge Ver5.1" で、次いで、漢字talk7の時代の "EGWord Classic Ver1.1" だったと記憶していました。
しかし、今回のことがあって当時のパッケージを引っ張り出してみると、何と当時のカタログと共に "EGLight Ver1.1" のマニュアルも出てきて我ながらビックリしています。そのマニュアルの記述から辿ってみると、解説にはNECのPC-9801RX4が使われていてMS-DOS3.3の頃と思われます。
この頃、NECのPC98シリーズでは珍しかったブラウン管一体型(98Macと呼ばれた) "PC-9801CV" のFD起動で、この "EGLight Ver1.1"" を使っていたことを思い出しました。
これの隣ではノート型の "PC-9801NS" にジャストシステムの "一太郎dash" をRAMディスクに常駐させて同じようにワープロしていました。
"PC-9801CV" には2HDのFDDが二台あり、HDDは別売で十五万円位していて買えずにいて、片や "PC-9801NS" は2HDのFDDが一台でしたが、RAMディスクのお陰で処理速度はこちらの方が断然速かったです。
それと "EGLight Ver1.1" での日本語変換の途中で、ある文節の変換時に何時もハングアップする傾向にあり、エルゴのサポートに何度か電話で相談していました。しかし、エルゴでの再現性が無くて、個々のシステム環境に起因する問題ではないか?と言われ、それっきり自分としては使えないワープロとして "EGLight Ver1.1" はお蔵入りになり、四半世紀以上が過ぎてしまいました。
もっとも、当時は "一太郎" の全盛時代、"EGWord" に固執する理由も無く、また、エルゴソフトとしてもジャストシステムの牙城を切り崩せずに、やがてDOSのワープロから撤退することになったようです。
今回、出てきた "EGLight Ver1.1" は、いわゆるパッケージが無く、取扱説明書の裏表紙の内側に2HDのフロッピーディスクが紙袋に収められ、この取扱説明書自体が透明なフィルムで包まれて店頭に列んでいました。
B5版二色刷り200ページほどの説明書でしたが、なかなか立派な装丁で、しかも内容的にもシッカリとした解説で、エルゴの力の入れようが今でも分かる様な気がしています。
動作対象機種として、"NECのPC-9801シリーズ" の他に、EPSONの "PC-286シリーズ" とあって、忘れかけていた昔の「国民機」を思い出しました。
2007年5月22日火曜日
初めて買ったノートパソコン「PC-9801NS」を遂に
1990年夏、長らく使っていたNECの 8bitパソコンPC-8801mk2に引導を渡し、NECの 32bitノート型パソコン「PC-9801NS」を(秋葉原に未だ一店舗しかなかった)ソフマップで買いました。
HDD無しのタイプで二十五万円くらいしたと思います。純正の 20MBいや 40MBだったか?HDD付きは更に十五万円ほど用意しなければならないほどの代物でした。
OSは別売で MS-DOS 3.3Cを買った様に記憶しています。メモリは 640KBで、当時はこれに 2MBのカード型のEMSメモリを装着するのが流行でした。
システムを含め、全てがフロッピーディスクで動作していて、アプリケーションによってはこの FDの抜き差しも含めた操作が必要なモノもありました。
私は当時定番だった、ワープロアプリとして一太郎dashを、表計算にはロータス1-2-3を、パケット通信には CCT-98を使い、 これでやっと N-BASICから卒業できたと独り喜んでいました。
それから五年ほど、寝ても覚めても「PC-9801NS」サマサマの時が過ぎて行きましたが、その途中で「Windows 3.0A」とか呼ばれる OSが出てきて、それが、やがて 3.1 になり 95 に進化していきました。さすが、この頃になると PC-9801NSの非力さを実感するようになり、何時しか出番が無くなってしまいました。
更にハードウェア的にもアチコチと不具合が出てきて、思うように動かず如何した物かと思案しているところへ、同じモノを使っていた知人からパーツ取り用にと手渡され、都合二台を手元に置くことになりました。それから十年ほど過ぎた現在、活路を見出せるはずもなく、遂に、手を加えることなく静かに地に返すことにしました。
HDD無しのタイプで二十五万円くらいしたと思います。純正の 20MBいや 40MBだったか?HDD付きは更に十五万円ほど用意しなければならないほどの代物でした。
OSは別売で MS-DOS 3.3Cを買った様に記憶しています。メモリは 640KBで、当時はこれに 2MBのカード型のEMSメモリを装着するのが流行でした。
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| NEC PC-9801NS |
私は当時定番だった、ワープロアプリとして一太郎dashを、表計算にはロータス1-2-3を、パケット通信には CCT-98を使い、 これでやっと N-BASICから卒業できたと独り喜んでいました。
それから五年ほど、寝ても覚めても「PC-9801NS」サマサマの時が過ぎて行きましたが、その途中で「Windows 3.0A」とか呼ばれる OSが出てきて、それが、やがて 3.1 になり 95 に進化していきました。さすが、この頃になると PC-9801NSの非力さを実感するようになり、何時しか出番が無くなってしまいました。
更にハードウェア的にもアチコチと不具合が出てきて、思うように動かず如何した物かと思案しているところへ、同じモノを使っていた知人からパーツ取り用にと手渡され、都合二台を手元に置くことになりました。それから十年ほど過ぎた現在、活路を見出せるはずもなく、遂に、手を加えることなく静かに地に返すことにしました。
2007年1月12日金曜日
「Lode Runner」for Macintoshがある何て初めて知り・・・その2
今から二十年ほど前、NECのパソコンPC-8801mk2用にシステムソフトから発売になっていた人気ナンバーワンのソフトウェアは、何と言ってもAmerican Top Hits Series、Broderbund SoftwareのLode Runner(ロードランナー)だったと思います。当時、秋葉原のPCショップで購入しましたが、5インチ2Dのフロッピーディスクに収録され6,800円でした。
このコンテンツは、俊足のコマンダーが、上下左右にひたすら走りまわり、盗まれた黄金を取り戻しに、敵の地下宝庫へ忍び込みます。次々と現れる追手をかわして、走り、跳び、ハシゴを昇り、鉄棒をわたるなど、機敏なアクションと迷路をぬってめざす宝にたどりつく頭脳プレーが要求されました。画面数は、なんと150シーン。しかも、自分で自由に画面を構成して、ディスクにセーブできる編集モード付きだったのも良かったと思います。
今のようにマウスもなく、NECのPC-8801mk2のキーボードの矢印キーで上へ下へ、右へ左へ・・・シッコい追手をかわして、スペースバーで穴を掘り黄金をゲットし、また逃げるように次の黄金に接近を試みる、果てしもないような息詰まるゲームの進行にハマッていました。
日本では、ハドソンがファミコン用に移植したものが特に知名度が高く、ファミコン初のサードパーティーによるソフトウェアにもなったようです。その他、移植版も多くこのロードランナー(ファミコン用)を始め、バトルロードランナー(PCエンジン用)、ロードランナー (セガSG-1000用)、ロードランナー(MSX用)、ロードランナー(ニンテンドーDS用)などなど、現在に至っても熱烈なマニアがいるほどです。なお、オリジナルはApple IIシリーズ用だったとか・・・調べてみて初めて知りました。
この「ロードランナー」ですが、日本ではたまに勘違いしている人がいますが、英語での綴りは Road(道路)ではなく Lode(坑道)なんですね・・・ストーリーを考えれば納得ですが、やはり日本人には、この「L」と「R」の判別は難しいようです。
オマケ的ですが、
昔々?NECのPC-8801mk2で走らせた「Lode Runner(ロードランナー)」の画面イメージが見られます。このURLをクリックしてみてください。
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| Lode Runner for PC-8801MK2 |
今のようにマウスもなく、NECのPC-8801mk2のキーボードの矢印キーで上へ下へ、右へ左へ・・・シッコい追手をかわして、スペースバーで穴を掘り黄金をゲットし、また逃げるように次の黄金に接近を試みる、果てしもないような息詰まるゲームの進行にハマッていました。
日本では、ハドソンがファミコン用に移植したものが特に知名度が高く、ファミコン初のサードパーティーによるソフトウェアにもなったようです。その他、移植版も多くこのロードランナー(ファミコン用)を始め、バトルロードランナー(PCエンジン用)、ロードランナー (セガSG-1000用)、ロードランナー(MSX用)、ロードランナー(ニンテンドーDS用)などなど、現在に至っても熱烈なマニアがいるほどです。なお、オリジナルはApple IIシリーズ用だったとか・・・調べてみて初めて知りました。
この「ロードランナー」ですが、日本ではたまに勘違いしている人がいますが、英語での綴りは Road(道路)ではなく Lode(坑道)なんですね・・・ストーリーを考えれば納得ですが、やはり日本人には、この「L」と「R」の判別は難しいようです。
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| NEC PC-8801mk2 Model 30 (私物で完動品) |
オマケ的ですが、
昔々?NECのPC-8801mk2で走らせた「Lode Runner(ロードランナー)」の画面イメージが見られます。このURLをクリックしてみてください。
2007年1月3日水曜日
「Lode Runner」for Macintoshがある何て初めて知り・・・その1
昨年暮れの最後のアキバ詣で、年末だけ限定で営業していると思われるゲリラ的なPCジャンク店に何となく入ってみました。
中古のソフトウェアパッケージが入った段ボール箱が沢山ありました。中を整理するような仕草で、下の方から幾つも引っ張り出してタイトルを調べてみると、for Windows95/98のモノが多くありました。その中に「Lode Runner」の文字が目に止まり取り上げてみました。
「Lode Runner(ロードランナー)」は、二十年ほど前、NECのPC-8801mk2で走らせた「Lode Runner」と「Lode Runner Championoship」はとても懐かしく、今もソフトウエアは大事に保管してあります。
しかし、この時に見付けた「Lode Runner」は、元箱の絵柄からして雰囲気が違い、裏を返すと何と3D画面の様に見て取れました。しかもマック用なんて・・・「Lode Runner」for Macintoshがあることを初めて知りました。
少し調べてみると、この「Lode Runner 2」は、パズル思考型 2D アーケードゲームの古典的名作 Lode Runner の続編、と言うことは前作があったってことですが・・・。
3D化された迷路と高品位なグラフィックス、5 つの異なるテーマからなる 150 レベル以上のステージ構成、上下方向を含む 6 方向スクローリング、最大 8 人の対戦プレイなどを特徴とするようです。再生環境は、 PowerMac、iMacG3、漢字talk 7.6以上とあり1998年頃のリリースと思われます。
元箱のタイトル「LR2」のロゴは、ホログラムになっていて、見る角度により虹色が変幻自在に輝き、(個人的には)これだけでも十分お宝的な価値?があります。元箱は美品で、しかも密封されていて手付かずの状態でした。なお、秋葉原での中古価格としてこれは1,000円。
早速、ゲーム開始と行きたいのですが、Mac OSXの時代に漢字talk7.6が走るマックを用意する必要があり・・・
「Appendix」
昔々?NECのPC-8801mk2で走らせた「Lode Runner(ロードランナー)」の画面イメージが見られます。
以下のURLをクリックしてみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/nightwand/2282103.html
中古のソフトウェアパッケージが入った段ボール箱が沢山ありました。中を整理するような仕草で、下の方から幾つも引っ張り出してタイトルを調べてみると、for Windows95/98のモノが多くありました。その中に「Lode Runner」の文字が目に止まり取り上げてみました。
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| Lode Runner 2 for Macintosh |
しかし、この時に見付けた「Lode Runner」は、元箱の絵柄からして雰囲気が違い、裏を返すと何と3D画面の様に見て取れました。しかもマック用なんて・・・「Lode Runner」for Macintoshがあることを初めて知りました。
少し調べてみると、この「Lode Runner 2」は、パズル思考型 2D アーケードゲームの古典的名作 Lode Runner の続編、と言うことは前作があったってことですが・・・。
3D化された迷路と高品位なグラフィックス、5 つの異なるテーマからなる 150 レベル以上のステージ構成、上下方向を含む 6 方向スクローリング、最大 8 人の対戦プレイなどを特徴とするようです。再生環境は、 PowerMac、iMacG3、漢字talk 7.6以上とあり1998年頃のリリースと思われます。
元箱のタイトル「LR2」のロゴは、ホログラムになっていて、見る角度により虹色が変幻自在に輝き、(個人的には)これだけでも十分お宝的な価値?があります。元箱は美品で、しかも密封されていて手付かずの状態でした。なお、秋葉原での中古価格としてこれは1,000円。
早速、ゲーム開始と行きたいのですが、Mac OSXの時代に漢字talk7.6が走るマックを用意する必要があり・・・
「Appendix」
昔々?NECのPC-8801mk2で走らせた「Lode Runner(ロードランナー)」の画面イメージが見られます。
以下のURLをクリックしてみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/nightwand/2282103.html
2006年9月19日火曜日
ワープロの歴史に残るエプソンのWord Bank note2 その2
タイプライターと同じくらいの大きさだったワープロが、デスクワーク中心だった1980年代後半に、エプソンから発売された「Word Bank note2」の登場は衝撃的でした。とにかく持って歩ける、単三乾電池四本で動作する訳です。書院や文豪なんて目じゃない、文書を書く仕事もかなり多かった私には正に打ってつけのマシンでした。
デスクでの使用はもちろん外出時にはサムソナイトのアタッシュケースにスッポリと収まって、何処へでも一緒に動き回りました。
キーボードもデスクトップPCと殆ど同じサイズでタイピングに違和感もなくスムーズ、辞書は漢字ROMにあるため東海クリエイトのユーカラとは比べようがないほどのスピードで文字変換、正にこれがワープロと身をもって体感しました。
ただし、液晶部分が小さく五行表示で長い文章作成には辛いものがありました。後に発売されたシャープや三洋電機などの液晶ディスプレイを折りたたむ形にしたモノにはかないませんでしたが、A4サイズで1.2kgの小型軽量が評価されモバイルワープロとして認知されました。
私は1980年代後半には、アマチュア無線のパケット通信に入れ込んでいて430メガで二台のTNCを用いデジタル通信を行っていました。NECのPC-8801MK2を二台使いパケットを四六時中ワッチしていた時代で、その一台をこの「Word Bank note2」に置き換えてみました。
パソコン通信にも最適化されたこの「Word Bank note2」をRS-232CでTNCに接続すると、スムーズにパケットの送受信が出来てしまい流石っと思わされました。
その後は、「Word Bank note2」のテキストデータをPC-98やPC-88に受け渡すのに、専ら430メガFMの電波を介して送っていました。もちろん、第三者に悟られないように、ローパワーで、アンテナをダミーロードに変え至近距離での通信で実行しました。
テキストデータとしてパソコンが受け取れば、その後はパソコン環境下でのデータの加工が出来るので誰にでも渡せることになりました。
それと前後して、当時としては超小型?のA4専用熱転写型プリンタNECのPC-PR103TLを買い求め、テキストデータをプリントしてファックスしたりコピーしたりして配布していました。人によってはテキストデータとしてフロッピーディスクにセーブして渡すなど、当時としてはハイテク?みないな気分でご満悦な時もありました。
Z80のCPUの能力を極限まで使った、この「Word Bank note2」の最大の弱点は、時として、液晶表示部分に縦方向に一直線に黒いスジが現れることです。
今で言うドット落ちみたいな症状ですが、液晶ガラス部分の上下に貼り付けた(電極が埋め込まれた)ゴム層が熱などにより収縮して一部がガラス面から剥離するようです。時によって三本も四本も黒いスジが発生し表示された文字が判読し辛くなりました。
その度に京王線新宿駅から一つ目の初台駅から近いエプソンサービスステーションへ持ち込みました。数回これを繰り返し、その後は同じ症状が発生してもパーツ交換では直らないと判断し諦めました。
その後も「Word Bank note2」様々の毎日でしたが、一年くらい経ったある日、NECからCPUにV30を使った初のノートパソコンPC-9801Nが発表され、ワタシ的にはワープロ時代の終わりを何となく予感しました。
このPC-9801Nを横目に見ながら、更に一年が過ぎた頃、CPUを386SXに載せ替えた32bitのNECのノートパソコンPC-9801NSが発表され、ついに、「Word Bank note2」との二年間の蜜月は呆気ない幕切れとなってしまいました。
それから十五年ほど、つい最近になって、その存在すら忘れかけていた「Word Bank note2」が、部屋のリフォーム時に発掘?され、予期せぬ再会を果たしました。
保存状態も良く美品でした。
早速ACアダプタを繋ぎスイッチONしてみましたが、往時と変わることないオープニング画面が現れ、キーボードからのコマンドにも正確に応答していて、直ぐに使える状態にあるようです。
単三乾電池を四本入れメモリーバックアップ用のリチウム電池CR2032も交換してみましたが、パーフェクトで動作しているようです。
しかしながら、今さらパソコン通信でも無く、モバイルワープロでも無し。
テキスト作成なら何とか行けそうですが、専用のICカードも今となってはどのハードウェアとも互換性がありません。どなたか、MacOSX か MacOS9のマッキントッシュへ簡単にテキストデータを移動する妙案があればアドバイスをお願いします。
その1へ戻る
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| 元箱も美品で存在 |
デスクでの使用はもちろん外出時にはサムソナイトのアタッシュケースにスッポリと収まって、何処へでも一緒に動き回りました。
キーボードもデスクトップPCと殆ど同じサイズでタイピングに違和感もなくスムーズ、辞書は漢字ROMにあるため東海クリエイトのユーカラとは比べようがないほどのスピードで文字変換、正にこれがワープロと身をもって体感しました。
ただし、液晶部分が小さく五行表示で長い文章作成には辛いものがありました。後に発売されたシャープや三洋電機などの液晶ディスプレイを折りたたむ形にしたモノにはかないませんでしたが、A4サイズで1.2kgの小型軽量が評価されモバイルワープロとして認知されました。
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| EPSON Word Bank note2 (私物) |
私は1980年代後半には、アマチュア無線のパケット通信に入れ込んでいて430メガで二台のTNCを用いデジタル通信を行っていました。NECのPC-8801MK2を二台使いパケットを四六時中ワッチしていた時代で、その一台をこの「Word Bank note2」に置き換えてみました。
パソコン通信にも最適化されたこの「Word Bank note2」をRS-232CでTNCに接続すると、スムーズにパケットの送受信が出来てしまい流石っと思わされました。
その後は、「Word Bank note2」のテキストデータをPC-98やPC-88に受け渡すのに、専ら430メガFMの電波を介して送っていました。もちろん、第三者に悟られないように、ローパワーで、アンテナをダミーロードに変え至近距離での通信で実行しました。
テキストデータとしてパソコンが受け取れば、その後はパソコン環境下でのデータの加工が出来るので誰にでも渡せることになりました。
それと前後して、当時としては超小型?のA4専用熱転写型プリンタNECのPC-PR103TLを買い求め、テキストデータをプリントしてファックスしたりコピーしたりして配布していました。人によってはテキストデータとしてフロッピーディスクにセーブして渡すなど、当時としてはハイテク?みないな気分でご満悦な時もありました。
Z80のCPUの能力を極限まで使った、この「Word Bank note2」の最大の弱点は、時として、液晶表示部分に縦方向に一直線に黒いスジが現れることです。
今で言うドット落ちみたいな症状ですが、液晶ガラス部分の上下に貼り付けた(電極が埋め込まれた)ゴム層が熱などにより収縮して一部がガラス面から剥離するようです。時によって三本も四本も黒いスジが発生し表示された文字が判読し辛くなりました。
その度に京王線新宿駅から一つ目の初台駅から近いエプソンサービスステーションへ持ち込みました。数回これを繰り返し、その後は同じ症状が発生してもパーツ交換では直らないと判断し諦めました。
その後も「Word Bank note2」様々の毎日でしたが、一年くらい経ったある日、NECからCPUにV30を使った初のノートパソコンPC-9801Nが発表され、ワタシ的にはワープロ時代の終わりを何となく予感しました。
このPC-9801Nを横目に見ながら、更に一年が過ぎた頃、CPUを386SXに載せ替えた32bitのNECのノートパソコンPC-9801NSが発表され、ついに、「Word Bank note2」との二年間の蜜月は呆気ない幕切れとなってしまいました。
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| NEC PC-9801NS (私物)と大きさの比較 |
それから十五年ほど、つい最近になって、その存在すら忘れかけていた「Word Bank note2」が、部屋のリフォーム時に発掘?され、予期せぬ再会を果たしました。
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| ICカード(32kBメモリーカード) (私物) |
早速ACアダプタを繋ぎスイッチONしてみましたが、往時と変わることないオープニング画面が現れ、キーボードからのコマンドにも正確に応答していて、直ぐに使える状態にあるようです。
単三乾電池を四本入れメモリーバックアップ用のリチウム電池CR2032も交換してみましたが、パーフェクトで動作しているようです。
しかしながら、今さらパソコン通信でも無く、モバイルワープロでも無し。
テキスト作成なら何とか行けそうですが、専用のICカードも今となってはどのハードウェアとも互換性がありません。どなたか、MacOSX か MacOS9のマッキントッシュへ簡単にテキストデータを移動する妙案があればアドバイスをお願いします。
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2006年8月15日火曜日
月刊アスキーが八月号をもって最終号に・・・
パソコンの黎明期だった1977年にパソコン総合誌として誕生した「月刊アスキー」は、約三十年にわたりパソコンの普及発展と共にありました。
しかし、パソコンは今や誰もが普通に使いこなせる時代になり、パソコンを世の中に広めると言う創刊以来の使命は少なからず果たされたとアスキーは考え「月刊アスキー」の終刊を決断したようです。
終刊となる八月号、「パソコン30周年」と表紙にありますが、月刊アスキーが30周年を迎えるとしたら来年のこと。終刊号の特集では、1976年に発売されたNECのワンボードパソコン "TK-80" を基点にして「パソコン30周年」と定義したように本文から読みとれます。
月刊アスキー 八月号のメインタイトルは以下のようになっています。
30年の間には忘れられないパソコンがこれだけある
■伝説のパーソナルコンピュータ 100+
今につながる昔の最新パソコンの
■月刊アスキーの記事で見る30年
現在の常識はこうして始まった
■パソコン業界事件を追え
ハード、OS、本紙記事から振り返る
■Appleの軌跡
ロングインタビュー
■これからの30年を担うキーマン
■Direct MAil Area
そしてこらからの30年
■「パーソナルコンピュータ」に騙されるな
ありがとう 月刊アスキー350号
■77年創刊号からの全表紙
目次からもう少し詳しくピックアップしてみました。
30年の間には忘れられないパソコンがこれだけある
■伝説のパーソナルコンピュータ100+
●クラシックマシン
・TK-80
・IMSAI 8080
・PC-8001
・ベーシックマスター レベル1
・FM-8
・MZ-80K
・IBM PC(IBM PC model 5150)
・Data General One
・Compaq Portable
・Macintosh 128K
●初期のホビーマシン
・Apple IIe
・Atari ST
・FP-1100
・SMC-777
・PASOPIA 7
・松下 JR-200
・PC-6001
・SC-3000
・ぴゅう太
●PCゲーム絶頂期のホビーマシン
・IBM PCjr
・PV-7
・PASOPIA IQ(HX10-S)
・TeraDrive
・PIPIN aTMaRK
・PC-8801 mkII SR
・X1 Turbo
・FM-77/AV40
・PC-98DO
・MARTY
●PC-9801列伝
・初代PC-9801
・PC-9821As
・PC-9801UV11
・PC-9801VM2
・PC-H98 model70
・PC-9821
・PC-98XA
・PC-9801NC
・PC-9801RA2
・PC-9821 CEREB C200/V
・PC-286 NOTE exective
・PC-386GS
・PC CLUB(PC-286C)
・ValueStar NX VS30D
●モバイルの源流プチDOSマシン
・FMR-CARD
・モバイルギア MC-MK12
・Zeos Pocket PC
・HP200LX
・OASYS Pocket 3
・Palm Top PC 110
・Quaderno
・オムロン Massif
・Libretto 20
●魅惑の小型マシン,ハンドヘルド名機
・HP41C
・PB-100
・THE POQET PC
・UC-2000
・Atari Portfolio
・PC-8201
・PsionSeries5
・PalmTop PTC-300
●時代を先取りしたマシン達
・MB-16001
・Lisa
・PC-100
・BeBox
・NeXTcube
・Dynanote
・IBM ChipCard
・ThinkPad TransNote
・WS-1
・AS-300
●買えなかった!憧れのマシン
・YAMAHA YIS
・X68030
・Amiga 3000
・Macintosh II
・20th Anniversary Macintosh
・Silicon Graphics Visual Work Station320
・IBM ThinkPad 701c
・Digital HiNote Ultra II
・Archimedes A3010
●とことん使えた実用ノート
・DynaBook J-3100SS001
・ThinkPad 600
・Compaq Contura AERO 4/33C
・Frontier RT166mini(チャンドラ2)
・Lavie MX LX60T
・Let's note/M32
・PowerBook Duo230
・ThinkPad X31
・VAIO PCG-505
●微妙に素敵な一体型PC達
・Macintosh SE/30
・iMac(Flower Power)
・PROSET 30
・98MULTi CanBe(PC-9821Cf)
・e-one
・VALUESTAR NX simplem
・PET2001
・Macintosh Color Classic
・FM-TOWNS II UX
・PS/55Z 30U
●21世紀の銘機
・Compaq Tablet PC TC1000
・PowerMac G4 Cube
・Mac mini
・FMV-BIBLO LOOX S5
・Zaurus SL-C700
・バイオU PCG-U101
・Let's note LIGHT W2
・Mebius PC-MP70G
・TOUGHT BOOK CF-29
・VALUESTAR TX
・バイオ RX(PCV-RX70K)
●シリーズ末期の忘れられないPC
・Apple II GS
・PC-88VA
・PC-8801MC
・FS-A1GT(MSX turboR)
・FMV-TOWNS Fresh・GT
・Amiga 4000
・X1turbo Z
・PC-486HX
■今につながる昔の最新 月刊アスキーの記事で見るパソコンの30年
・ショーレポート
・ベンチマークテスト
・記録メディア
・回路図とDIY
・周辺機器
・コミュニケーションデバイス
・パソコンゲーム
・発見!ビル・ゲイツ
・未来予測記事
・LoadTest
・月刊アスキーの付録
■現在(いま)の常識はこうして始まった パソコン業界あの事件を追え!
(事件1)持ち運べるコンピュータの登場
(事件2)ウィンドウシステムとWindows 95
(事件3)オフィスとパーソナルコンピュータ
(事件4)コンピュータネットワーク
(事件5)Linuxの勃興とオープンソース
(事件6)写真の電子化
■ハード、OS、本誌記事から振り返る Appleの軌跡
■ロングインタビュー これからの30年を担うキーマン
・シックス・アパート株式会社 代表取締役 関 信浩氏
「歴史は繰り返す。ブログはネットの経済規模を変えていく」
・株式会社ミクシィ 代表取締役 笠原健治氏
「『あのサービスで時代がよくなったね』と言われるサービスを提供できる会社でありたい」
・ソフトイーサ株式会社 代表取締役会長 登 大遊氏
「歴史に名前が残るような仕事をしたい」
■Direct Mail Area【特別版】
あのころ夢見たコンピュータは実現したのか?
DMAに見る読者と月刊アスキーの30年
■そしてこれからの30年
「パーソナルコンピュータ」に騙されるな
■ありがとう 月刊アスキー350号
'77年創刊号からの全表紙
・DVD-ROMの中身&使い方
・INFOSQUARE
・読者プレゼント
・編集後記
付録のパソコン30周年 記念特別号 DVD-ROMの収録内容は以下
・特集まる読みPDF
・時代が見える対決特集 この4本!
・テクノロジー記事ベストコレクション
・ACSII Express ARCHIVES '77/07〜'00/11
・「アップル社 取材ビデオ」お蔵出し!
この春には、朝日新聞社から発行されていた「朝日パソコン」が終刊し、今回「月刊アスキー」も同じ道を辿ることになり、パソコン誌もハードウェアの時代からソフトウェア中心のメディアや大きく変わりつつある現実を実感します。
コメント(アーカイブ)
私のパソコンの歩みは、シャープのMZ-80Bから始まりました。
「月刊コンピュータ」「OH!MZ(OH!X)」等が 廃刊になる中で「月刊アスキー」は 頑張っていただけに残念です。
Posted by 海ほたる at 2006.8.15 20:43:08
------------------------------------------------------------
私のパソコンとの出会いは、このコンテンツの前にあるようにNEC PC-8001MK2です。データのセーブとロードに、ソニーの3ヘッド・カセットデッキTC-K71を用いて少しでもデータの信頼性を確保したいと一生懸命でした。その後、PC-8801MK2に買い換え、フロッピーディスクが使えるようになってから、神経を尖らせることが無くなりました。周囲にパソコン仲間など居なくてパソコン誌が唯一の頼りでしたが、「OH ! PC」から多くを学びました。
Posted by BlueMac at 2006.8.15 23:53:00
------------------------------------------------------------
アスキー終焉ですか。そういえば
私も雑誌から情報を得ていたのは何時まで
だったろうか・・ネットからの情報一辺倒で
PC系の本は数年前から買っていません。
それにしても懐かしい名前ばかりです。
Z80ボードからかなーまーまともに
物に成ったのは数少ないですが、
「朝パソ」も終わっていたんですね、
まったく気が付いていませんでした。
かなり昔ですが、パケット通信がらみで
数人の仲間とともに記事になりました。
楽しい編集長や編集者の方々でした。
Posted by まぐま at 2006.8.17 00:35:16
------------------------------------------------------------
「日経バイト」も今年の一月号で休刊になっています。
編集部のコトバを借りれば、
「日経バイト創刊から二十一年四カ月。その短くて長い歴史は、パソコンという類例のないデジタル機器によって生み出された。個人の対面で動作することが、バッチ的な処理ではなく対話的なコンピュータの使い方を生み出した。またパソコンはその汎用性ゆえにデジタル革命の流れのなかで中心的な役割を担ってきた。しかし今や最先端は携帯電話や、インターネットを介したオンライン・サービスに移っている。光芒を放ち、その光芒が消えるまでの様子を本誌の記事で振り返る」と前置きして、最終号では、
第1部 : 総論 パソコンの時代を駆け抜けた
第2部 : 各論 7分野の栄枯盛衰
[Part1 パソコン] 万人の道具へと変貌遂げる
[Part2 OS] DOSから本物の “基本ソフト” に成長
[Part3 CPU] 性能追求に明け暮れた
[Part4 外部記憶装置] 予想を超えた大容量化を達成
[Part5 ネットワーク] ブロードバンドへの大きなうねり
下へ続く
Posted by BlueMac at 2006.8.17 11:22:14
------------------------------------------------------------
[Part6 開発言語/環境] ようやく主流となったオブジェクト指向
[Part7 アプリケーション] 「作る」から「共有する」への転換
とコンピューティングの二十一年を振り返っています。
多分、日経BP社になる前の日経マグロウヒル社の頃の創刊だったと思いますが、編集部に知人が居て、創刊五年目くらいの時にパソコンとどの様に毎日付き合っているかをテーマにしたシリーズで、私も何回目かに登場することになりました。
ある日の午後、渋谷の東急インで女性のインタビュアーとカメラマンそして編集部の方を前に小一時間ほど持論を展開しました。その号が発売になった後、行く先々で、その記事のことを話題にされ、赤面したことも今になっては懐かしい思い出です。
本文自体は、他のパソコン誌と一線を画すような格調高い?初心者には難解な編集方針でしたが、これからのコンピュータが目指す方向や使命を示唆していたように思われます。
しかし、予想も付かないようなコンピュータを取り巻く環境の激変に、従来の殻を大きく破るような変革に迫られ、近い将来の復活を期待されつつ休刊となってしまいました。
下へ続く
Posted by BlueMac at 2006.8.17 11:25:01
------------------------------------------------------------
余談ですが、「無線と実験」が今年の五月号で発刊以来1000号になりましたが、戦前戦後を通じて、その編集方針に幾度かの軌道修正があり、今日に至っているからだと思います。
Posted by BlueMac at 2006.8.17 11:26:24
------------------------------------------------------------
しかし、パソコンは今や誰もが普通に使いこなせる時代になり、パソコンを世の中に広めると言う創刊以来の使命は少なからず果たされたとアスキーは考え「月刊アスキー」の終刊を決断したようです。
![]() |
| 「月刊アスキー」 八月号 (350号) |
![]() |
| 日本のパソコンの歴史を作ったボード NEC TK-80 |
月刊アスキー 八月号のメインタイトルは以下のようになっています。
30年の間には忘れられないパソコンがこれだけある
![]() |
| 特別付録のDVD-ROM |
今につながる昔の最新パソコンの
■月刊アスキーの記事で見る30年
現在の常識はこうして始まった
■パソコン業界事件を追え
ハード、OS、本紙記事から振り返る
■Appleの軌跡
ロングインタビュー
■これからの30年を担うキーマン
■Direct MAil Area
そしてこらからの30年
■「パーソナルコンピュータ」に騙されるな
ありがとう 月刊アスキー350号
■77年創刊号からの全表紙
目次からもう少し詳しくピックアップしてみました。
30年の間には忘れられないパソコンがこれだけある
■伝説のパーソナルコンピュータ100+
●クラシックマシン
・TK-80
・IMSAI 8080
・PC-8001
・ベーシックマスター レベル1
・FM-8
・MZ-80K
・IBM PC(IBM PC model 5150)
・Data General One
・Compaq Portable
・Macintosh 128K
●初期のホビーマシン
・Apple IIe
・Atari ST
・FP-1100
・SMC-777
・PASOPIA 7
・松下 JR-200
・PC-6001
・SC-3000
・ぴゅう太
●PCゲーム絶頂期のホビーマシン
・IBM PCjr
・PV-7
・PASOPIA IQ(HX10-S)
・TeraDrive
・PIPIN aTMaRK
・PC-8801 mkII SR
・X1 Turbo
・FM-77/AV40
・PC-98DO
・MARTY
●PC-9801列伝
・初代PC-9801
・PC-9821As
・PC-9801UV11
・PC-9801VM2
・PC-H98 model70
・PC-9821
・PC-98XA
・PC-9801NC
・PC-9801RA2
・PC-9821 CEREB C200/V
・PC-286 NOTE exective
・PC-386GS
・PC CLUB(PC-286C)
・ValueStar NX VS30D
●モバイルの源流プチDOSマシン
・FMR-CARD
・モバイルギア MC-MK12
・Zeos Pocket PC
・HP200LX
・OASYS Pocket 3
・Palm Top PC 110
・Quaderno
・オムロン Massif
・Libretto 20
●魅惑の小型マシン,ハンドヘルド名機
・HP41C
・PB-100
・THE POQET PC
・UC-2000
・Atari Portfolio
・PC-8201
・PsionSeries5
・PalmTop PTC-300
●時代を先取りしたマシン達
・MB-16001
・Lisa
・PC-100
・BeBox
・NeXTcube
・Dynanote
・IBM ChipCard
・ThinkPad TransNote
・WS-1
・AS-300
●買えなかった!憧れのマシン
・YAMAHA YIS
・X68030
・Amiga 3000
・Macintosh II
・20th Anniversary Macintosh
・Silicon Graphics Visual Work Station320
・IBM ThinkPad 701c
・Digital HiNote Ultra II
・Archimedes A3010
●とことん使えた実用ノート
・DynaBook J-3100SS001
・ThinkPad 600
・Compaq Contura AERO 4/33C
・Frontier RT166mini(チャンドラ2)
・Lavie MX LX60T
・Let's note/M32
・PowerBook Duo230
・ThinkPad X31
・VAIO PCG-505
●微妙に素敵な一体型PC達
・Macintosh SE/30
・iMac(Flower Power)
・PROSET 30
・98MULTi CanBe(PC-9821Cf)
・e-one
・VALUESTAR NX simplem
・PET2001
・Macintosh Color Classic
・FM-TOWNS II UX
・PS/55Z 30U
●21世紀の銘機
・Compaq Tablet PC TC1000
・PowerMac G4 Cube
・Mac mini
・FMV-BIBLO LOOX S5
・Zaurus SL-C700
・バイオU PCG-U101
・Let's note LIGHT W2
・Mebius PC-MP70G
・TOUGHT BOOK CF-29
・VALUESTAR TX
・バイオ RX(PCV-RX70K)
●シリーズ末期の忘れられないPC
・Apple II GS
・PC-88VA
・PC-8801MC
・FS-A1GT(MSX turboR)
・FMV-TOWNS Fresh・GT
・Amiga 4000
・X1turbo Z
・PC-486HX
■今につながる昔の最新 月刊アスキーの記事で見るパソコンの30年・ショーレポート
・ベンチマークテスト
・記録メディア
・回路図とDIY
・周辺機器
・コミュニケーションデバイス
・パソコンゲーム
・発見!ビル・ゲイツ
・未来予測記事
・LoadTest
・月刊アスキーの付録
■現在(いま)の常識はこうして始まった パソコン業界あの事件を追え!
(事件1)持ち運べるコンピュータの登場
(事件2)ウィンドウシステムとWindows 95
(事件3)オフィスとパーソナルコンピュータ
(事件4)コンピュータネットワーク
(事件5)Linuxの勃興とオープンソース
(事件6)写真の電子化
■ハード、OS、本誌記事から振り返る Appleの軌跡
■ロングインタビュー これからの30年を担うキーマン
・シックス・アパート株式会社 代表取締役 関 信浩氏
「歴史は繰り返す。ブログはネットの経済規模を変えていく」
・株式会社ミクシィ 代表取締役 笠原健治氏
「『あのサービスで時代がよくなったね』と言われるサービスを提供できる会社でありたい」
・ソフトイーサ株式会社 代表取締役会長 登 大遊氏
「歴史に名前が残るような仕事をしたい」
■Direct Mail Area【特別版】
あのころ夢見たコンピュータは実現したのか?
DMAに見る読者と月刊アスキーの30年
■そしてこれからの30年
「パーソナルコンピュータ」に騙されるな
■ありがとう 月刊アスキー350号
'77年創刊号からの全表紙
・DVD-ROMの中身&使い方
・INFOSQUARE
・読者プレゼント
・編集後記
付録のパソコン30周年 記念特別号 DVD-ROMの収録内容は以下
・特集まる読みPDF
・時代が見える対決特集 この4本!
・テクノロジー記事ベストコレクション
・ACSII Express ARCHIVES '77/07〜'00/11
・「アップル社 取材ビデオ」お蔵出し!
この春には、朝日新聞社から発行されていた「朝日パソコン」が終刊し、今回「月刊アスキー」も同じ道を辿ることになり、パソコン誌もハードウェアの時代からソフトウェア中心のメディアや大きく変わりつつある現実を実感します。
コメント(アーカイブ)
私のパソコンの歩みは、シャープのMZ-80Bから始まりました。
「月刊コンピュータ」「OH!MZ(OH!X)」等が 廃刊になる中で「月刊アスキー」は 頑張っていただけに残念です。
Posted by 海ほたる at 2006.8.15 20:43:08
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私のパソコンとの出会いは、このコンテンツの前にあるようにNEC PC-8001MK2です。データのセーブとロードに、ソニーの3ヘッド・カセットデッキTC-K71を用いて少しでもデータの信頼性を確保したいと一生懸命でした。その後、PC-8801MK2に買い換え、フロッピーディスクが使えるようになってから、神経を尖らせることが無くなりました。周囲にパソコン仲間など居なくてパソコン誌が唯一の頼りでしたが、「OH ! PC」から多くを学びました。
Posted by BlueMac at 2006.8.15 23:53:00
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アスキー終焉ですか。そういえば
私も雑誌から情報を得ていたのは何時まで
だったろうか・・ネットからの情報一辺倒で
PC系の本は数年前から買っていません。
それにしても懐かしい名前ばかりです。
Z80ボードからかなーまーまともに
物に成ったのは数少ないですが、
「朝パソ」も終わっていたんですね、
まったく気が付いていませんでした。
かなり昔ですが、パケット通信がらみで
数人の仲間とともに記事になりました。
楽しい編集長や編集者の方々でした。
Posted by まぐま at 2006.8.17 00:35:16
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「日経バイト」も今年の一月号で休刊になっています。
編集部のコトバを借りれば、
「日経バイト創刊から二十一年四カ月。その短くて長い歴史は、パソコンという類例のないデジタル機器によって生み出された。個人の対面で動作することが、バッチ的な処理ではなく対話的なコンピュータの使い方を生み出した。またパソコンはその汎用性ゆえにデジタル革命の流れのなかで中心的な役割を担ってきた。しかし今や最先端は携帯電話や、インターネットを介したオンライン・サービスに移っている。光芒を放ち、その光芒が消えるまでの様子を本誌の記事で振り返る」と前置きして、最終号では、
第1部 : 総論 パソコンの時代を駆け抜けた
第2部 : 各論 7分野の栄枯盛衰
[Part1 パソコン] 万人の道具へと変貌遂げる
[Part2 OS] DOSから本物の “基本ソフト” に成長
[Part3 CPU] 性能追求に明け暮れた
[Part4 外部記憶装置] 予想を超えた大容量化を達成
[Part5 ネットワーク] ブロードバンドへの大きなうねり
下へ続く
Posted by BlueMac at 2006.8.17 11:22:14
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[Part6 開発言語/環境] ようやく主流となったオブジェクト指向
[Part7 アプリケーション] 「作る」から「共有する」への転換
とコンピューティングの二十一年を振り返っています。
多分、日経BP社になる前の日経マグロウヒル社の頃の創刊だったと思いますが、編集部に知人が居て、創刊五年目くらいの時にパソコンとどの様に毎日付き合っているかをテーマにしたシリーズで、私も何回目かに登場することになりました。
ある日の午後、渋谷の東急インで女性のインタビュアーとカメラマンそして編集部の方を前に小一時間ほど持論を展開しました。その号が発売になった後、行く先々で、その記事のことを話題にされ、赤面したことも今になっては懐かしい思い出です。
本文自体は、他のパソコン誌と一線を画すような格調高い?初心者には難解な編集方針でしたが、これからのコンピュータが目指す方向や使命を示唆していたように思われます。
しかし、予想も付かないようなコンピュータを取り巻く環境の激変に、従来の殻を大きく破るような変革に迫られ、近い将来の復活を期待されつつ休刊となってしまいました。
下へ続く
Posted by BlueMac at 2006.8.17 11:25:01
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余談ですが、「無線と実験」が今年の五月号で発刊以来1000号になりましたが、戦前戦後を通じて、その編集方針に幾度かの軌道修正があり、今日に至っているからだと思います。
Posted by BlueMac at 2006.8.17 11:26:24
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2006年8月14日月曜日
PC98なのに何故か32ビットで登場した「98NOTE/SX」
押入のお宝(ガラクタ)発掘でNECのPC-8801MK2を発見し、続いて、小型の元箱に入った同じNECのノート型のパソコンPC-9801NSが出てきました。
NECのノート型パソコンの初代機はA4ファイルサイズのPC-9801Nでした。
PC-98シリーズでは初めてのノート型パソコンで、既にデスクトップで使われていたCPUのV30(10MHz)が搭載されていました。しかし、東芝に先を越されたこともあって、慌てて辻褄を合わせたような出来の未成熟?なノート型パソコンで短命に終わりました。
余談ですが、日本初のノート型パソコンはセイコーエプソンのPC98互換機 PC-286NOTE executiveでしたが、直後に出た東芝初のノート型パソコンの二倍以上の価格だったため話題になる間も無く忘れ去られたそうです。
この初代PC-9801Nの後継モデルとして、NECが起死回生?の思いで世に出したA4ファイルサイズのPC-9801NSは、別名「98NOTE/SX」とも呼ばれ、CPUをi386SX(12MHz)に改めて1990年5月に発売されました。
先行する東芝のノート型パソコン「Dynabook J-3100SS」を越える事を期待して、従来、NECのPC98シリーズは16ビット機だったのに突然32ビット仕様で登場しビックリしました。
しかし、このi386SXは、32ビットのCPUなのに、廉価版と言う事でI/Oが16ビットのまま、32ビットならではの特徴を持ってはいませんでした。また、残念ながら32ビット命令で書かれたプログラムが当時まだ全然なかったので、その早さを実感できる機会もありませんでした。
当時は未だ、ハードディスクが一般的でなかった時代。アプリの多くがフロッピー二枚差しで動作するものでした。PC-9801NSには3.5インチFDD(フロッピーディスクドライブ)は一つしかないので、その様なアプリを動かすために内蔵のRAMがRAM-DRIVEとして使える様に設計されていました。
それでも、ノート型パソコンを待っていた私には当然ながら食指が動きました。
秋葉原のどこの店で買うかで暫く思案していましたが、当時は未だアキバに一店舗しかなかったソフマップへ行きました。
ソフマップのその頃の店内ルールは、徹底した「質問お断り」。
とにかく「値段」と「在庫」だけ聞いて、納得出来れば「それ買います」って言うだけでした。
所狭しと積んである商品の山から一台を下ろし、紐掛けして「お待たせしました〜」っと手渡されました。もちろん現金決済、その代わり、アキバで一番安い価格設定をしていました。それは、たしか1990年8月だった様に記憶しています。
価格は二十五万円近くでソフマップ価格は二十万円くらいだったと思いますが、細かな数字は忘れています。当時の私にとってはとても高い買い物でしたが、それでもFDDは一台だけ。20MBのHDD内蔵モデルは更に五万円くらい必要でとても手が出ませんでした。
それでも その後すぐに、2MBのRAMカードを購入し、EMSメモリーとして、MS-DOSのRAM 640kBの呪縛から何とか逃れたいと必死でした。
OSはMS-DOS3.3Cであったと思いますが、一太郎dashとロータス1-2-3のアプリをそれぞれシステム込みのFD(フロッピーディスク)として製作し、必要に応じて抜き差しして立ち上げていました。いま思えば、FD一枚で起動してアプリが使える訳で、それなりに凄いことだと感心します。
1990年からWin95が登場した1995年頃までワープロと表計算の仕事に活躍してくれとても助かりました。今はマイクロソフトオフィスなど誰もが当たり前に使う時代ですが、当時では凄く先進的なことだった?と自分では思います。
充電式バッテリーも一時間半くらいしか動作しなかったですが、持ち歩けることが嬉しかったです。当時は生意気にもサムソナイトのアタッシュケースを持ち、PC-9801NSを小脇に抱えて仕事に出たことがシバシバありました。
しかし、バッテリ込みの全重量は恐らく5kgを越えていたと思います。今のノートタイプPCで2.5kgはポピュラーですが、これでも重くて、持って歩くことなどは、嫌われます。
それでも、パソコンを持って歩けること自体が「出来るサラリーマン」の条件の一つくらいに考えていた時代を、今さらに思い起こし、我ながら恥じ入ると共に技術の進歩に驚きを隠せません。
NECのノート型パソコンの初代機はA4ファイルサイズのPC-9801Nでした。
PC-98シリーズでは初めてのノート型パソコンで、既にデスクトップで使われていたCPUのV30(10MHz)が搭載されていました。しかし、東芝に先を越されたこともあって、慌てて辻褄を合わせたような出来の未成熟?なノート型パソコンで短命に終わりました。
余談ですが、日本初のノート型パソコンはセイコーエプソンのPC98互換機 PC-286NOTE executiveでしたが、直後に出た東芝初のノート型パソコンの二倍以上の価格だったため話題になる間も無く忘れ去られたそうです。
![]() |
| NEC PC-9801NS |
先行する東芝のノート型パソコン「Dynabook J-3100SS」を越える事を期待して、従来、NECのPC98シリーズは16ビット機だったのに突然32ビット仕様で登場しビックリしました。
しかし、このi386SXは、32ビットのCPUなのに、廉価版と言う事でI/Oが16ビットのまま、32ビットならではの特徴を持ってはいませんでした。また、残念ながら32ビット命令で書かれたプログラムが当時まだ全然なかったので、その早さを実感できる機会もありませんでした。
当時は未だ、ハードディスクが一般的でなかった時代。アプリの多くがフロッピー二枚差しで動作するものでした。PC-9801NSには3.5インチFDD(フロッピーディスクドライブ)は一つしかないので、その様なアプリを動かすために内蔵のRAMがRAM-DRIVEとして使える様に設計されていました。
それでも、ノート型パソコンを待っていた私には当然ながら食指が動きました。
秋葉原のどこの店で買うかで暫く思案していましたが、当時は未だアキバに一店舗しかなかったソフマップへ行きました。
ソフマップのその頃の店内ルールは、徹底した「質問お断り」。
とにかく「値段」と「在庫」だけ聞いて、納得出来れば「それ買います」って言うだけでした。
所狭しと積んである商品の山から一台を下ろし、紐掛けして「お待たせしました〜」っと手渡されました。もちろん現金決済、その代わり、アキバで一番安い価格設定をしていました。それは、たしか1990年8月だった様に記憶しています。
価格は二十五万円近くでソフマップ価格は二十万円くらいだったと思いますが、細かな数字は忘れています。当時の私にとってはとても高い買い物でしたが、それでもFDDは一台だけ。20MBのHDD内蔵モデルは更に五万円くらい必要でとても手が出ませんでした。
それでも その後すぐに、2MBのRAMカードを購入し、EMSメモリーとして、MS-DOSのRAM 640kBの呪縛から何とか逃れたいと必死でした。
OSはMS-DOS3.3Cであったと思いますが、一太郎dashとロータス1-2-3のアプリをそれぞれシステム込みのFD(フロッピーディスク)として製作し、必要に応じて抜き差しして立ち上げていました。いま思えば、FD一枚で起動してアプリが使える訳で、それなりに凄いことだと感心します。
1990年からWin95が登場した1995年頃までワープロと表計算の仕事に活躍してくれとても助かりました。今はマイクロソフトオフィスなど誰もが当たり前に使う時代ですが、当時では凄く先進的なことだった?と自分では思います。
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| 充電式バッテリーパック |
充電式バッテリーも一時間半くらいしか動作しなかったですが、持ち歩けることが嬉しかったです。当時は生意気にもサムソナイトのアタッシュケースを持ち、PC-9801NSを小脇に抱えて仕事に出たことがシバシバありました。
しかし、バッテリ込みの全重量は恐らく5kgを越えていたと思います。今のノートタイプPCで2.5kgはポピュラーですが、これでも重くて、持って歩くことなどは、嫌われます。
それでも、パソコンを持って歩けること自体が「出来るサラリーマン」の条件の一つくらいに考えていた時代を、今さらに思い起こし、我ながら恥じ入ると共に技術の進歩に驚きを隠せません。
2006年8月9日水曜日
冬眠していたNECのPC-8801MK2でロードランナーが走るか?
NECのPC-8801mk2用にシステムソフトから発売になっていた人気ナンバーワンのソフトウェアは、何と言ってもBroderbund SoftwareのLode Runner(ロードランナー)とCHOPLIFTER(チョップリフター)、Midnight Magic(ミッドナイト・マジック)の三部作だったと思います。PC-8801mk2とは別のところに保管してあり、直ぐに見つかりました。
以下の画像にあるモノは、当時、秋葉原のPCショップで購入したAmerican Top Hits Seriesのロードランナーとチョップリフター、ミッドナイト・マジックです。
一番大きなパッケージは、Lode Runner(ロードランナー)の続編「Championship」です。世界中のロードランナーマニアが頭を振り絞って考えた超難解な50面がコレクションしてあります。なお、これら四つとも5インチ2Dのフロッピーディスクに収録され、いずれも6,800円でした。
パッケージの説明から少々引用すると、
Lode Runner(ロードランナー)では、
走れ、走れ。ひたすら走れーーー
君は、俊足のコマンド。盗まれた黄金を
取り戻しに、敵の地下宝庫へ忍び込む。
追手をかわして、走り、跳び、ハシゴを昇り、鉄棒をわたる・・・
機敏なアクションと迷路をぬってめざす宝にたどりつく頭脳
プレーの2重の楽しさ。画面数は、なんと150シーン。しかも、
自分で自由に画面を構成して、
ディスクにセーブできる編集モード付き。
CHOPLIFTER(チョップリフター)では、
Firest Sortie(第一出撃)!
君はヘリを操縦して、敵地へ向かう。使命は、
生命の危険がせまる人質64名の救出。燃え上がる
宿舎から必死で逃げまどう彼らのもとへ強行着陸。敵戦車
の攻撃をかわして、基地へ無地帰還することーーー
Second Sortie!
敵はジェット戦闘機で迎撃。さて君は、
何人の人質を救出できるだろうかーーー
Midnight Magic(ミッドナイト・マジック)では、
デュアル・フリッパーがうなる。
バンパーにぶつかり、はじけとぶボール。
チカチカと点滅するネオン。メカニカルなサウンド・・・
スコア・ボードの数字が6桁をこえる日を夢見て、今宵も、
君の果てしのない挑戦が始まる。アメリカ人の心をとらえて
離さないピンボールの魔術。その魅力をスクリーン上に
本物以上のリアルさで
再現したミッドナイト・マジック。狙いどおりの
ターゲットに命中させる
正確なコントロールが
ハイスコアのキメ手。
良きゲームを祈る!
Lode Runner(ロードランナー)「Championship」では、
もう。くやしいほどに無我夢中。このチャンピオンシップ。
世界中のロードランナーマニアが頭を
ふりしぼって考えた超難解50面をコレクション。
ロードランナー150面をクリアしてマスターした、時間差掘り、
盗人掘りなどのハイテクニックを右に、
左に駆使しても、なかなか歯が立たないシロモノばかり。
しかも、一つの面をクリアしないと、
次の面へトライできない意地悪さ。このおもしろさは、
もう犯罪的。これでもか、これでもか、不眠不休
の悪夢が続く。
なかでも、Lode Runner(ロードランナー)には、かなり熱中した思い出があります。
今のようにマウスもなく、キーボードの矢印キーで上へ下へ、右へ左へ・・・シッコい追手をかわして、スペースバーで穴を掘り黄金をゲットし、また逃げるように次の黄金に接近を試みる、果てしもないような息詰まるゲームの進行にハマッていました。
PC-8801mk2が未だ生きていることが分かれば、RUNを試みてみたいと思います。
以下の画像にあるモノは、当時、秋葉原のPCショップで購入したAmerican Top Hits Seriesのロードランナーとチョップリフター、ミッドナイト・マジックです。
![]() |
| American Top Hits Series |
一番大きなパッケージは、Lode Runner(ロードランナー)の続編「Championship」です。世界中のロードランナーマニアが頭を振り絞って考えた超難解な50面がコレクションしてあります。なお、これら四つとも5インチ2Dのフロッピーディスクに収録され、いずれも6,800円でした。
パッケージの説明から少々引用すると、
Lode Runner(ロードランナー)では、
走れ、走れ。ひたすら走れーーー
君は、俊足のコマンド。盗まれた黄金を
取り戻しに、敵の地下宝庫へ忍び込む。
追手をかわして、走り、跳び、ハシゴを昇り、鉄棒をわたる・・・
機敏なアクションと迷路をぬってめざす宝にたどりつく頭脳
プレーの2重の楽しさ。画面数は、なんと150シーン。しかも、
自分で自由に画面を構成して、
ディスクにセーブできる編集モード付き。
CHOPLIFTER(チョップリフター)では、
Firest Sortie(第一出撃)!
君はヘリを操縦して、敵地へ向かう。使命は、
生命の危険がせまる人質64名の救出。燃え上がる
宿舎から必死で逃げまどう彼らのもとへ強行着陸。敵戦車
の攻撃をかわして、基地へ無地帰還することーーー
Second Sortie!
敵はジェット戦闘機で迎撃。さて君は、
何人の人質を救出できるだろうかーーー
Midnight Magic(ミッドナイト・マジック)では、
デュアル・フリッパーがうなる。
バンパーにぶつかり、はじけとぶボール。
チカチカと点滅するネオン。メカニカルなサウンド・・・
スコア・ボードの数字が6桁をこえる日を夢見て、今宵も、
君の果てしのない挑戦が始まる。アメリカ人の心をとらえて
離さないピンボールの魔術。その魅力をスクリーン上に
本物以上のリアルさで
再現したミッドナイト・マジック。狙いどおりの
ターゲットに命中させる
正確なコントロールが
ハイスコアのキメ手。
良きゲームを祈る!
Lode Runner(ロードランナー)「Championship」では、
もう。くやしいほどに無我夢中。このチャンピオンシップ。
世界中のロードランナーマニアが頭を
ふりしぼって考えた超難解50面をコレクション。
ロードランナー150面をクリアしてマスターした、時間差掘り、
盗人掘りなどのハイテクニックを右に、
左に駆使しても、なかなか歯が立たないシロモノばかり。
しかも、一つの面をクリアしないと、
次の面へトライできない意地悪さ。このおもしろさは、
もう犯罪的。これでもか、これでもか、不眠不休
の悪夢が続く。
なかでも、Lode Runner(ロードランナー)には、かなり熱中した思い出があります。
今のようにマウスもなく、キーボードの矢印キーで上へ下へ、右へ左へ・・・シッコい追手をかわして、スペースバーで穴を掘り黄金をゲットし、また逃げるように次の黄金に接近を試みる、果てしもないような息詰まるゲームの進行にハマッていました。
PC-8801mk2が未だ生きていることが分かれば、RUNを試みてみたいと思います。
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一太郎
2006年8月6日日曜日
二十年以上も前の NECのパソコンって その3
NECのパソコンPC-8001mk2の発掘中に、その後に購入した同じNECのパソコンPC-8801mk2も元箱入りで出てきました。
勿論、PC-8001mk2から買い換えたPC-8801mk2です。
たいへん似通った性能のパソコンでしたが、何よりも嬉しかったのは二台のFDD(フロッピーディスクドライブ)が標準装備になったことでしょう。もっとも価格設定の問題で、FDD無し、FDD一台装備、FDD二台装備の三モデルが用意されました。しかも、キーボードが本体から分離し、操作性も良くなり、本格的なパソコンらしさを感じられるようになっていました。
PC-8001mk2では、データのセーブとロードに、音楽用のカセットテープレコーダが用いられ、音楽を録音再生すると同じ様にカセットテープを記録媒体としていました。これは安直ですが、データの読み書きに時間が掛かることと保存データの信頼性に若干の不安を抱えていました。そんな意味では、このFDDの標準装備でデータの管理が簡単になり、しかも信頼の置けるモノになりました。
それと、JIS第一水準の漢字ROMが標準で組み込まれたことです。それまではキーボードにある、英数文字と半角カタカナしか使えずにいて、この漢字ROMの搭載で漢字が使え、ワープロソフトなども使えるようになりました。
そんな意味に於いては、やっと実務でも使えるようになったパソコンと言えますが、この続きで、もう少し詳しく説明をしてみたいと思います。
コメント(アーカイブ)
BlueMacさん、はじめまして。
私も88mkⅡを持っていました。懐かしいです。
最初はドライブなしでデータレコーダー(死語?)だったのですが、後でドライブを一台増設しました。
ロードランナーや夢幻の戦士のやりすぎで大学受験が危うくなったことを思い出しました。
Posted by モバイル通信兵 at 2006.8.8 18:47:26
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当時の市販のソフトウェアで、一番面白く遊べたのが、システムソフトから発売されていた、ブローダーバンド・ソフトウェアの「ロードランナー」と「チョップリフター」、「ミッドナイト・マジック」でした。
何と言っても、ロードランナーは極め付きの面白さ・・・しっこい追手から何とか逃れ、黄金を取り戻しに行くスリルが良かったです。何ヶ月か掛かって全面クリアーしましたが、その後に発売になった続編の「チャンピオンシップ」は、数面しか進めずギブアップしたままになっています。
Posted by BlueMac at 2006.8.8 22:21:53
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勿論、PC-8001mk2から買い換えたPC-8801mk2です。
たいへん似通った性能のパソコンでしたが、何よりも嬉しかったのは二台のFDD(フロッピーディスクドライブ)が標準装備になったことでしょう。もっとも価格設定の問題で、FDD無し、FDD一台装備、FDD二台装備の三モデルが用意されました。しかも、キーボードが本体から分離し、操作性も良くなり、本格的なパソコンらしさを感じられるようになっていました。
![]() |
| NEC PC-8801mk2 Model 30 |
それと、JIS第一水準の漢字ROMが標準で組み込まれたことです。それまではキーボードにある、英数文字と半角カタカナしか使えずにいて、この漢字ROMの搭載で漢字が使え、ワープロソフトなども使えるようになりました。
そんな意味に於いては、やっと実務でも使えるようになったパソコンと言えますが、この続きで、もう少し詳しく説明をしてみたいと思います。
コメント(アーカイブ)
BlueMacさん、はじめまして。
私も88mkⅡを持っていました。懐かしいです。
最初はドライブなしでデータレコーダー(死語?)だったのですが、後でドライブを一台増設しました。
ロードランナーや夢幻の戦士のやりすぎで大学受験が危うくなったことを思い出しました。
Posted by モバイル通信兵 at 2006.8.8 18:47:26
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当時の市販のソフトウェアで、一番面白く遊べたのが、システムソフトから発売されていた、ブローダーバンド・ソフトウェアの「ロードランナー」と「チョップリフター」、「ミッドナイト・マジック」でした。
何と言っても、ロードランナーは極め付きの面白さ・・・しっこい追手から何とか逃れ、黄金を取り戻しに行くスリルが良かったです。何ヶ月か掛かって全面クリアーしましたが、その後に発売になった続編の「チャンピオンシップ」は、数面しか進めずギブアップしたままになっています。
Posted by BlueMac at 2006.8.8 22:21:53
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2006年8月4日金曜日
二十年以上も前のNECのパソコンって その2
箱だけしかなかったNECのパソコンPC-8001mk2をガラクタの山の向こう側から発掘しました。
しまい込んでから、だいぶ年月も経ていて擦り傷もありますが、まあまあ原形を留めていました。
キーボードと言うか、キーそのモノとキー配列は初代のPC-8001と全く同じだと思いましたが、四年ぶりのモデルチェンジでかなり機能拡張が図られ、奥行きが延び、持ち上げるとかなり重たくなったのが分かりました。
初代機が鉄製だった筐体も樹脂製に変わり、民生機器ぽくなった印象を強く感じました。
本当は初代機を買うつもりで秋葉原へ何度も通いPC店で色々と聞いて回ったりしました。
それでも、自分に使いこなせるのか?疑心暗鬼になりつつ、今度の週末には絶対買いに行くと決心しました。
しかし、その週に日本電気から新製品の発表があり、何と四万円も安くしてのモデルチェンジで、これを待つしかないと、はやる気持ちに待ったをかけました。
暫くして予約を受け付けると聞き、秋葉原へ出かけPC店ではなく総合家電の大型店だった石丸電気へ向かいました。
石丸電気は普段から家電製品の購入では通い慣れていましたし、PC店で何か難しい質問でもされると、知識もなく、恥ずかしいと思っただけなんですが・・・
それから幾日か経ったある日、ようやく念願だったパソコンを手にしました。
正にその日が私の人生に於けるパソコン元年だったのですが、1983年のある日としか記憶に無く、今思えばこんな日を忘れてしまうとは情けないの一言です。
以来、PC-8001 → PC-8801 → PC9801 → PC-9821と歴代のNEC製を買い替え、日電大明神の庇護の元にありました。
それからだいぶ日時が経って、DOSVに転向した98NXでは、日電の辻じ説法に歯切れの悪さを感じ、姫リンゴ教に改宗、今日まで「I love Mac」と唱える平穏な毎日が続いています。
しかし、最新のマッキントッシュはWIN XPもブートするようになり、庇を貸して母屋を取られる恐れもあり、Back to WIN にならぬことを独り念じています。
![]() |
| テンキーも付いていた |
キーボードと言うか、キーそのモノとキー配列は初代のPC-8001と全く同じだと思いましたが、四年ぶりのモデルチェンジでかなり機能拡張が図られ、奥行きが延び、持ち上げるとかなり重たくなったのが分かりました。
初代機が鉄製だった筐体も樹脂製に変わり、民生機器ぽくなった印象を強く感じました。
本当は初代機を買うつもりで秋葉原へ何度も通いPC店で色々と聞いて回ったりしました。
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| キーボード一体型パソコン |
しかし、その週に日本電気から新製品の発表があり、何と四万円も安くしてのモデルチェンジで、これを待つしかないと、はやる気持ちに待ったをかけました。
暫くして予約を受け付けると聞き、秋葉原へ出かけPC店ではなく総合家電の大型店だった石丸電気へ向かいました。
石丸電気は普段から家電製品の購入では通い慣れていましたし、PC店で何か難しい質問でもされると、知識もなく、恥ずかしいと思っただけなんですが・・・
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| インターフェイスも充実 |
正にその日が私の人生に於けるパソコン元年だったのですが、1983年のある日としか記憶に無く、今思えばこんな日を忘れてしまうとは情けないの一言です。
以来、PC-8001 → PC-8801 → PC9801 → PC-9821と歴代のNEC製を買い替え、日電大明神の庇護の元にありました。
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| カラーアダプタでテレビがモニター代わりに |
しかし、最新のマッキントッシュはWIN XPもブートするようになり、庇を貸して母屋を取られる恐れもあり、Back to WIN にならぬことを独り念じています。
2006年7月27日木曜日
二十年以上も前のNECのパソコンって その1
実家の押入からNECのパソコンPC-8001mk2の段ボール箱が出てきました。「良く残っていた」っと、懐かしげに持ち上げてみました。買ったのは、たしか1983年だったと記憶しています。
それ以前の1979年の秋にNECから初めて「パーソナルコンピュータ」と名乗ったPC-8001が発売されていました。価格は168,000円。CPUはZ80互換のμPD780が使われ、ROM32K、RAM16Kという(当時では)大容量、それにプログラミング言語N-BASICを装備していて、シャープのMZ-80Kと人気を二分していました。
価格もさることながら、「パーソナルコンピュータ」って、何かもの凄いことが出来そうな機械だが、どの様に使いこなすかのか、今で言うソフトウエア的なことがアマチュアまで普及する以前の時代で、遠くから眺めているのが精一杯でした。
PC-8001の登場から四年後、メインメモリ64K + VRAM16K、フロッピーIF、拡張スロット内蔵など、機能を強化し、しかも価格を128,000円に下げたPC-8001mk2が発売されました。
この頃になると、いわゆるパソコン(マイコンとも呼んだ)雑誌が、多くの出版社から発行され、アマチュアでも何とか使いこなせそうな時代になってきました。また、NEC以外でもこのパソコンを商品化する大手企業も出てきて普及に弾みが付いた時期でした。
そこで、意を決して秋葉原の石丸電気へ行き注文しました。
市場には各社のパソコンが出揃っていましたが、NECのPC-8001mk2がダントツの指名買いで、予約しないとその場での持ち帰りが出来ないほどでした。それでも何とかゲット、しかし、カラーモニターなどは買えませんでした。純正モニターはパソコン本体より高く二十五万円くらいしたと思います。
モニターが無ければパソコンはタダの箱、しかし、無銭家?の為にNECは特別のインターフェースを用意してくれていました。それが、モニター出力をテレビの2チャンネルの電波に変換してくれるアダプターです。つまり家庭にあるテレビをそのままモニター代わりに使える訳です。
当然解像度は良くありませんが、少ない投資でそこそこの画質、多くのアマチュアはそれでも満足していました。もっとも、キャラクターベースで横80字20行での表示ですから何とかなっていたのかも知れません。
パソコン雑誌に掲載の実用プログラムやゲームなどのプログラムを、N-BASICの文法に従って一行一行キーボードで打ち込んだりして遊んでいました。タイトーのインベータゲームの移植版なども、意味不明の文字列(マシン語)を延々と何日も掛けて根気よく打ち込み、RUNした時にゲーセンさながらの画面と効果音・・・これが8ビット機か?と疑うほど超高速で動くインベーダーに驚くやら感激するやら、今は昔、ほんの二十年前の出来事でした。
ただ、この段ボール箱には別の物が入っていて本体は他の場所に保管してあるはず、いずれ私のお宝(ガラクタ)PC-8001mk2を発掘してみたいと思っています。
![]() |
| NEC PC-8001mk2と上に載っている小箱がカラーアダプターPC-8044K |
価格もさることながら、「パーソナルコンピュータ」って、何かもの凄いことが出来そうな機械だが、どの様に使いこなすかのか、今で言うソフトウエア的なことがアマチュアまで普及する以前の時代で、遠くから眺めているのが精一杯でした。
PC-8001の登場から四年後、メインメモリ64K + VRAM16K、フロッピーIF、拡張スロット内蔵など、機能を強化し、しかも価格を128,000円に下げたPC-8001mk2が発売されました。
この頃になると、いわゆるパソコン(マイコンとも呼んだ)雑誌が、多くの出版社から発行され、アマチュアでも何とか使いこなせそうな時代になってきました。また、NEC以外でもこのパソコンを商品化する大手企業も出てきて普及に弾みが付いた時期でした。
そこで、意を決して秋葉原の石丸電気へ行き注文しました。
市場には各社のパソコンが出揃っていましたが、NECのPC-8001mk2がダントツの指名買いで、予約しないとその場での持ち帰りが出来ないほどでした。それでも何とかゲット、しかし、カラーモニターなどは買えませんでした。純正モニターはパソコン本体より高く二十五万円くらいしたと思います。
モニターが無ければパソコンはタダの箱、しかし、無銭家?の為にNECは特別のインターフェースを用意してくれていました。それが、モニター出力をテレビの2チャンネルの電波に変換してくれるアダプターです。つまり家庭にあるテレビをそのままモニター代わりに使える訳です。
当然解像度は良くありませんが、少ない投資でそこそこの画質、多くのアマチュアはそれでも満足していました。もっとも、キャラクターベースで横80字20行での表示ですから何とかなっていたのかも知れません。
パソコン雑誌に掲載の実用プログラムやゲームなどのプログラムを、N-BASICの文法に従って一行一行キーボードで打ち込んだりして遊んでいました。タイトーのインベータゲームの移植版なども、意味不明の文字列(マシン語)を延々と何日も掛けて根気よく打ち込み、RUNした時にゲーセンさながらの画面と効果音・・・これが8ビット機か?と疑うほど超高速で動くインベーダーに驚くやら感激するやら、今は昔、ほんの二十年前の出来事でした。
ただ、この段ボール箱には別の物が入っていて本体は他の場所に保管してあるはず、いずれ私のお宝(ガラクタ)PC-8001mk2を発掘してみたいと思っています。
2006年3月25日土曜日
これが「ASAHIパソコン」の表紙なの?
既に旧聞ですが、毎号、その時々の話題の人の顔が印象的だった 「ASAHIパソコン」の表紙が、赤一色に塗るつぶされ、冒頭に、
またお逢いいたしましょう。
これが本当の最後になりました。 ASAHIパソコンは今号、2006年3月15日号、通巻399号をもって、休刊させて頂きます・・・っと、編集長の辞。
創刊号が発売された1988年は平成でなく昭和63年。MS-DOS4.0、一太郎Ver3、NEC PC-9801の全盛時代。
その後、ウィンドウズ95の登場やインターネットの爆発的な普及、パソコンの劇的な低価格高性能化など時代は大きく変化してきました。
iPodで音楽が聴きたいからMacを買うとか、DVDを焼きたいからPCを買う時代になりました。つまり、パソコンのハードの解説より読者の求めるソリューション中心の時代になってきています。そんな状況下でASAHIパソコンはその使命を終えた様にも思われます。
MacFanと併せリベラルなPC誌として要チェックだったASAHIパソコンも日経バイト、日経クリニック、PC USER、暮らしとパソコン、MAC LIFEなどと共に消えてしまう事に、一抹の寂しさを感じているのは私だけでしょうか?
ASAHIパソコン 2006年3月15日号の主な特集記事を以下に揚げておきます。
「ファイナル特集1」
アサヒパソコン年代記
あなたとともに歩んだアサヒパソコンの18年
「ファイナル特集2」
アサヒパソコンからの遺言
アサヒパソコンもこの号をもって休刊。しかし、別れを告げるにあたって、IT業界に、言いたいことがある。IT業界関係者よ、遺言だと思って聞いてくれ。
「ファイナル特集3」
アサヒパソコンに贈る言葉
ゆかりある人たちからの休刊へのメッセージ
俵万智、原田泳幸、高山由、清水義範、西和彦、浮川和宣、ライバル誌編集長、メーカー広報の皆さん ほか
またお逢いいたしましょう。
これが本当の最後になりました。 ASAHIパソコンは今号、2006年3月15日号、通巻399号をもって、休刊させて頂きます・・・っと、編集長の辞。
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| ASAHIパソコン 通巻399号 |
その後、ウィンドウズ95の登場やインターネットの爆発的な普及、パソコンの劇的な低価格高性能化など時代は大きく変化してきました。
iPodで音楽が聴きたいからMacを買うとか、DVDを焼きたいからPCを買う時代になりました。つまり、パソコンのハードの解説より読者の求めるソリューション中心の時代になってきています。そんな状況下でASAHIパソコンはその使命を終えた様にも思われます。
MacFanと併せリベラルなPC誌として要チェックだったASAHIパソコンも日経バイト、日経クリニック、PC USER、暮らしとパソコン、MAC LIFEなどと共に消えてしまう事に、一抹の寂しさを感じているのは私だけでしょうか?
ASAHIパソコン 2006年3月15日号の主な特集記事を以下に揚げておきます。
「ファイナル特集1」
アサヒパソコン年代記
あなたとともに歩んだアサヒパソコンの18年
「ファイナル特集2」
アサヒパソコンからの遺言
アサヒパソコンもこの号をもって休刊。しかし、別れを告げるにあたって、IT業界に、言いたいことがある。IT業界関係者よ、遺言だと思って聞いてくれ。
「ファイナル特集3」
アサヒパソコンに贈る言葉
ゆかりある人たちからの休刊へのメッセージ
俵万智、原田泳幸、高山由、清水義範、西和彦、浮川和宣、ライバル誌編集長、メーカー広報の皆さん ほか
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