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2014年4月1日火曜日

「ラジオ深夜便」、4月から各アンカーの放送曜日が変わり、新旧交代も

「ラジオ深夜便」は、NHKのラジオ第1放送、FMラジオ放送で放送されている深夜番組だ。
潜在的に200万人のリスナーが居ると伝えられる番組で、自分もその一人だが、ラジオ国際放送でも放送されているとは知らなかった。て言うことは、海外リスナーも多くいると言うことだ。

番組の進行役を「アンカー」と表現している。もともと、アンカーとは錨(いかり)という意味の英語だが、NHKでは、放送や新聞における、まとめ役という意味でつかっているようだ。
アンカーって、世間一般では、馴染みが無いが、俗に言う MC に近いコトバかも知れない。
23時過ぎから翌朝5時までの長丁場の放送だ。


現在出演中のアンカーだが、4月から放送曜日が変わり、新旧交代もあった。
栗田敦子アンカー勇退に伴い、後藤繁榮アンカーが新登場する。その他は、引き続き出演するアンカーだが、放送曜日が大きく入れ替わった。

放送曜日 奇数週   偶数週
月曜日  遠藤ふき子 宮川泰夫
火曜日  須磨佳津江 柴田祐規子
水曜日  川野一宇  石澤典夫
木曜日  迎 康子  松本一路
金曜日  中村 宏  住田功一
土曜日  後藤繁栄  森田美由紀
日曜日  明石 勇  高橋淳之

眠れぬ夜のラジオ深夜便と、しばしば言われるが、自分は何とも寝付きが良い性か?聞きたい時間帯に熟睡している場合が多く、ライブで聞けたことは少ない。

それでも、一年365日、2時から4時まで、ICメモリーが付いたラジオで受信しながら録音(エアーチェック)しているので、聞き損ねた時間帯は真っ昼間にプレイバックしている。

しかしながら、夜は熟睡する方が健康的か?番組に耳を傾けることで、ささやかながら耳学問になるのか?計りかねている。

2010年4月1日木曜日

"NHKのど自慢" の徳田 章が新人アンカーに・・・

駅前の書店で、NHKの刊行物を眺めていて "ラジオ深夜便年鑑2010" と言うタイトルが目に付き、思わず手に取ってみた。宇田川清江が卒業してしまったラジオ深夜便、もお、あの語りは聴けないが、新たに三名のアンカーが登場するようだ。直ぐに 表紙を繰ると、
 
ラジオ深夜便
20年のあゆみ
1990年4月28日、
10日間の特集番組としてスタートした<ラジオ深夜便>。
放送時間が延び、毎日の放送になり、
「つどい」が始まり、雑誌ができて・・・。
<深夜便>の歴史は、聞いてくださる方と
ともにあゆんだ20年でした。
二十歳になった<深夜便>、
これからも
みなさんとともに・・・。

で始まり、続いて今日まで20年を、月を追って深夜便の歴史年表としている。

そして、21年度のアンカー達の "アンカーが語るこの一年" 。
トップは何たって番組開始時からの最古参アンカー 宇田川清江。
次は、宇田川清江の三年後から参加した遠藤ふき子、今年度からは彼女が最古参だ。
三番目は、遠藤ふき子に次ぐキャリヤーの<深夜便>関西発の峯尾武男。
そしてアンカーのアンカー、最後が21年度から登場の石澤典夫までの十四名だ。

"懐かしの歴代アンカーたち" では、中村 充をはじめ室町澄子、加賀美幸子、水野節彦などのエッセーに、懐かしく往時を思い出す。
"こころの時代の舞台裏を語る" では、歴代のディレクターの苦労が知れる。

"スペシャル対談<深夜便>とともに歩んだ20年" では、
番組開始から二十年間、正に二人三脚で重責を担い続けた、アンカー宇田川清江と山口 剛ディレクターが語り合っている。
山口 剛の、宇田川さんにとって<深夜便>とは?との問いに、
宇田川清江は、神様がくれた贈り物ですね。放送があり、雑誌があり、「つどい」がある。こんな三位一体の番組ってほかにはないですよ。宝物です。っと言い切っている。
続けて、山口 剛も、私も<深夜便>との出会いがなかったら、放送とのつながりもこんなに長くなかったと感謝しています。と、結んでいる。

その他、平成21年度「今日の一句」放送句一覧 も、誕生日の花と共に掲載されている。

峯尾武男と榊 寿之、宇田川清江が、3月末で引退し、
代わって、22年4月から新登場のアンカーは、中村 宏と徳田 章、栗田敦子の三名だが、自分は徳田 章しか知らない。
徳田 章は、三月まで毎週日曜日の "NHKのど自慢" の司会をやっていたので顔と名前が一致する。 "NHKのど自慢" では、十二年間も司会を担当した先輩の宮川泰夫が五年前からアンカーを努めている。
徳田 章の出番は奇数週の日曜日。
奇しくも宇田川清江の時間枠を引き継ぐことになるが、本人曰く、日曜日の生放送 "NHKのど自慢" から日曜徹夜の生放送<深夜便>へ華麗なる転身だと。
ベンチャーズ大好きの彼だが、本番では、どんな選曲と語りで聞かせてくれるのか、今から楽しみにしている。
なお、デビューは4月4日(日)らしい。
自分としては、徳田 章と遠藤ふき子、石澤典夫をマークしていきたいが、睡魔に勝てるのか?あまり自信は無い・・・。



"ラジオ深夜便年鑑2010"
平成21年度の "ラジオ深夜便" をまとめた "年鑑2010"。
今年度放送した "深夜便のうた" や "きょうの一句" とともに、放送開始20年記念のクイズや対談なども掲載。また "きょうの一句" 365句を紹介、"深夜便のうた" 全8曲の楽譜とCDも付いている。

[主な掲載内容]
放送開始20年関連企画
・深夜便20年のあゆみ
・深夜便検定
・歴代アンカー名鑑
・深夜便20年を語る 山口剛ディレクター&宇田川清江アンカー
・「こころの時代」ディレクター座談会 ほか
・現役のアンカーエッセー
・平成21年度放送「きょうの一句」
・「深夜便のうた」歌手インタビュー(8人)
岩崎宏美『陽射しの中で』
太田裕美『初恋』
ビリー・バンバン『時のしずく』
アグネス・チャン『あなたの忘れ物』
大川栄策『昭和浪漫~第二章~』
佐々木秀実『愛の旅人』
ペギー葉山『夜明けのメロディー』
北島三郎『母』
・深夜便カタログ ほか

2010年3月24日水曜日

宇田川清江、ラジオ深夜便を二十年掛けて卒業

いつも行く近所のコンビニの週刊誌など雑誌を並べてある書架の一冊に目が行った。

ラジオ深夜便読本
宇田川清江特集
ありがとう!深夜便20年

宇田川清江って、日曜日の深夜、枕元のラジオから、そっと語りかけてくるあの声の持ち主。一説には二百万人のリスナーが居ると言われるNHKの深夜番組 "ラジオ深夜便" のアンカーだ。
巻末から引用すると、1935年(昭和10年)東京生まれ。1957年にNHK入局。立体音楽堂、生活の知恵などのキャスターを担当する。1964年退局、フリーとなってTBS、テレビ朝日、FM東京などで活躍。1990年のラジオ深夜便の番組誕生と共にアンカーを務め、今月まで二十年間をこの番組と共に過ごした。

この本では、知られざるラジオ深夜便の舞台裏や、リスナーとの交流が生んだ感動のエピソード、俳人鷹羽狩行さん出演のラジオ歳時記から生まれた俳句を通して番組と共に歩んだ二十年を辿っている。

掲載内容は、
スタジオレポート★生放送6時間の舞台裏
忘れられない人々、忘れられないできごと 宇田川清江
アンカーエッセーセクション
メディアが注目した深夜便
宇田川清江語録で読む深夜便
宇田川清江の四苦八苦 ラジオ歳時記より

A5版168ページの体裁だが、
文字も大きめで、この歳のこの目には優しい。

裏表紙も巻頭のスタジオレポート★生放送6時間の舞台裏の6ページもカラーだが、何故か表紙の彼女だけはモノクロのまま。
もちろんカラーに出来ない訳ではないが、これもフィナーレを迎えようとする彼女なりの美学かも知れない。

あなたは、ラジオ深夜便のアイドルだとか?と、お世辞を言われれば、いいえ、私は深夜便のババドルです、と切り返す、常にリスナーとの交流も大切にしてきた。
今や、ラジオ深夜便は、シニア層を中心に人気も定着、眠れぬ夜の心の友となっている。
これからユックリと番組で聴いたこと、聴けなかったことも含めジックリと宇田川清江をレビューしてみる積もりだ。

最後の出番は三月二十一日だったが、失念していて番組途中から聴き始めた。

午前四時過ぎには、
こころの時代、ハリー・ポッターと歩んだわたしの道
誕生日の花は、バイモ 花言葉は 才能
きょうの一句は、書を置いて 開かずにあり 春炬燵

エンディングが迫って来て、
お別れに私から三好達治の詩を、
春の岬 旅のをはりの鴎どり 浮きつつ遠くなりにけるかも、と

そして、エンディングは、
「今日もおだやかにお過ごしください、
 ごきげんよろしゅう、
 さようなら、
 ごきげんよう」
一瞬の静寂があり、時計の針は限りなく午前五時に近く、ステーションブレークが入る直前、間合いを計っていたかの様に僅か数秒「失礼しました」っと、小声で挨拶したのが最後の言葉だった。

もお、宇田川清江の声は聴けない。
名残惜しいが、これで、また一人、綺麗な日本語を喋るアンカーがラジオ深夜便から卒業して行った。

番組明けのこの日、三月二十二日は、NHKの前身、東京中央放送局(JOAK)が、東京港区芝浦の仮放送所で開局した放送記念日(85周年)でもあり、何か運命めいたものを感じた。
フォーエバー、宇田川清江。

2009年12月9日水曜日

ラジオ深夜便で石澤典夫が "American Graffiti" を解説して

今朝方と言っても深夜のNHK-FMのラジオ深夜便を聴くとは無しに聴いていました。

この日のアンカーは、石澤典夫さんでした。アンカーの方々は、NHKのアナウンサーでも年期のはいったというかベテランの方々が多いようです。

石澤典夫さんも、NHK総合TVの夜九時のアナウンサーとして、女子アナの有働さんとタッグを組んでいたこともあり名実共によく知られた方で、この秋からラジオ深夜便のアンカーの仲間入りを果たしたようです。

前置きが長くなりましたが、聴くとは無しに聴き始めた今回のプログラムは、何とアメリカ映画 "アメリカン・グラフィティ(American Graffiti)" のバックで流れていた、当時のアメリカン・ポップスの代表曲ばかりで、懐かしさのあまり目がパッチリと開いてしまいました。

この映画は見逃していて、ずいぶん昔ですが、衛星放送のWOWOWでオンエアーされた時の録画テープは今も手元にあります。その後に出た二枚組のCDは直ぐに買い求めました。聞いた話ですが、著作権がらみでLD化は見送られ、ずっーと後になってDVDがやっと発売され、これも買いました。

その後、映画の方はパート2が出て、これも間を置くようにしてDVD化され、日本では限定数量の発売があったと後日に聞きましたが、今もってお目に掛かっていません。

それにしても、映像をオフにしてサウンドだけ聴いてもサマになるのが "アメリカン・グラフィティ" だと思います。

石澤アンカーのニュースを読むかのような淡々とした語りもなかなか良い、今まで視逃したり聴き逃したりしていたことが、彼の解説にあったりして今更ながら勉強にもなりました。

 "アメリカン・グラフィティ" は、ジョージ・ルーカスが監督・脚本し、1973年に公開されたアメリカ映画。公開より十年ほど前の1960年代のサンフランシスコ郊外の田舎町を舞台に、ハイスクールを卒業し、進学のための旅立ちを翌日に控えた夕方から翌朝までの一夜を映像化しています。

この映画では、現在オールディーズと称される名曲が全編で聴くことができます。また、当時のDJとして日本でもよく知られた、ウルフマン・ジャックも登場し、あのノリの良いダミ声を懐かしく聴いた様に思い出されます。

キャストとしては、当時は無名だったリチャード・ドレイファス、ハリソン・フォード、ロン・ハワードなど、後にはアメリカ映画を代表する大スターや監督になりました。また、デビー役を務め、コニー・スチーブンスに似ていると声を掛けられ気を良くしたキャンディ・クラークは可愛く印象に残っています。

ストーリーは、当時のアメリカのティーンエイジャー達のごく普通の夜の過ごし方を描写していますが、視ている私達には、60年代のアメリカン・ヒット・ポップスも楽しむことができます。

70年代80年代にFM放送でよく聴いたサントラ盤の41曲が最初から最後まで出てきて、毎晩、FM誌を頼りにNHK-FMやFM東京の番組をエアーチェックした日々が懐かしく思い出されました。

今ではアメリカ版の懐メロとでも言えるものですが、この映画ではもう一つ見所があります。

それは、この映画に登場するクルマが凄い。
私はカーマニアでないので車種などは特定できませんが、50年代60年代製と思われる、格好いいアメ車のオンパレードです。

後日談を聞く機会がありましたが、主役達が運転したクルマは購入したものの、その他の多くが撮影地の住民のマイカーだったようです。これだけでも当時のアメリカの裕福さがクルマに象徴されているようで、流石と納得してしまいました。

何とも懐かしい放送で、その昔はジェットストリームを聴く毎晩でしたが、今はラジオ深夜便に変わり、自分の歳を実感する毎夜になりました。