先ずは、京急の横須賀中央駅から徒歩五分ほどの所、食通には名の知れたカレー専門店で「海軍カレー」と称するモノを初めて食した。
感想としては、どんなに具材やスパイス、調理方法を工夫してあっても、カレーはカレーであって、自分としては、格別に感激するものではなかった。
日本海海戦が記述された書籍 |
莫大な国税で建艦された、海自のイージス艦やヘリ空母、時期によっては南極観測船の「しらせ」も見られるようだ。
米国の空母ジョージワシントンは、作戦行動中で留守、ひときわ大きな専用桟橋だけを見ることになった。
その後、米軍横須賀基地の反対側に在る、今は記念艦となった、往時の戦艦三笠を見学した。
日露による日本海海戦の時の連合艦隊の旗艦であり、長い時を経て、保存管理され、現在は歴史的な記念艦として往時の姿を良く留めている。
艦内の展示物から、明治政府による近代国家への苦難の歴史を、今さらにプレイバックした。
この日本海海戦に圧勝した日本だが、もし、バルチック艦隊に大敗していたら、今日の日本は存在せず、ソビエト連邦の共和国になっていたかも知れない?
往時の共和国とは、
ロシア、ウクライナ、白ロシア、ウズベク、
カザフ、グルジア、アゼルバイジャン、リトアニア、
モルダビア、ラトビア、キルギス、タジク、アルメニア、
トルクメン、エストニア
などだが、ソ連邦の崩壊で、多くの国が次々に主権を取り戻し独立している。
一世紀も前の事で、歴史の授業で習ったが、記憶に残るのは事の発端と戦勝だけ。
遅蒔きながら、往時の世情を知るため、幾册か読んでみた。美化された記述が無い訳でも無いが、まことに小さな国が、列国の横暴に挑んだ経緯を、改めて知ることになった。
日露戦争は、我が国にとって艱難辛苦の末の辛勝で終結した。
その後の講和会議は、明治政府の思惑通りに進まず、樺太の割譲や、最も望んだ賠償金を得られず、戦時下で疲弊した日本国民の怒りが爆発、戦勝を祝う状況にはならなかった。
天下太平の平成の世に、今さら、この記念艦の艦内を巡る事で、今日に繫がる歴史の重みを改めて感じた。
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